のどコラム

コラム

耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第3回

耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

ちょうど花粉症の時期ということもあり、その対策についての話で盛り上がった。
左から荒木、道下、竹田の各氏

音楽之友社刊「音楽の友」2020年5月号掲載

若手管楽器奏者のなかでも近年注目を集めている、オーボエ奏者の荒木奏美。オーボエというデリケートな楽器を扱う荒木の息や身体の使いかたや季節的な悩みなど、専門家である竹田氏と思う存分語らった。

ゲスト

荒木奏美Kanami Araki

(オーボエ奏者)

お話

竹田数章Kazuaki Takeda

(仙川耳鼻咽喉科院長)

アシスタント&まとめ=道下京子Text = Kyoko Michishita

写真=武藤 章Photo = Akira Muto

管楽器奏者を悩ます「鼻抜け」

荒木

管楽器奏者の悩みのひとつに、「鼻抜け」があります。

道下

「鼻抜け」すると、どうなってしまうのでしょうか。

荒木

疲れてくると、ここ(眉間のあたり)から空気が抜ける感覚といいますか、カーっと音が鳴り出すのです。口からと鼻からと、同じぐらいの息の量が出てしまい、演奏できなくなるのです。

竹田

鼻抜けは医学的には口蓋帆咽頭閉鎖不全症(鼻咽腔閉鎖不全症)といいます。オーボエの場合、口から息を出してリードを鳴らしますが、口から出ていくべき息が、鼻腔のほうに回ってしまい、鼻から息が抜けていく状態を指します。口を開けると、奥のほうに垂れ下がって見えているのが軟口蓋(口蓋帆)と呼ばれ場所で、軟口蓋が上がると、鼻腔と口腔との間が遮断され、鼻のほうに空気が抜けないようになります。逆に、ナ行やマ行など鼻子音のときは、軟口蓋は下がります。すると、遮断するところが開いて、鼻のほうに抜けます。練習をやりすぎたり非常に強い圧をかけたりすると、軟口蓋によって遮断され、本来は鼻のほうに抜けないはずなのに、鼻から息が抜けてしまうのです。それは、練習しすぎると、遮断している筋肉の力が徐々に弱るからです。とくにリード楽器などで、口腔内に圧がかかりすぎてしまう吹きかたの人は、抑えきれずに抜けてしまうと思います。

荒木

そこを抑えるためには、どうすればよいでしょうか。

竹田

大切なことは、軟口蓋の疲労でなることがほとんどですから、抜け始めたらしばらく休み、筋肉の疲労の回復を待つのが良いでしょう。鼻抜けが多い人は、筋肉の回復を早めるようなビタミンB系の薬などを使うと、回復が早いかもしれません。話し言葉の「ア」と「カ」のような発音では、軟口蓋がちょっと上がって塞がります。このように意識すると、上がる感覚は少しつかめるかもしれません。
目指すところは歌手
管楽器の演奏時の帯の様子は、歌のときと同じです。

荒木

管楽器奏者の鳴らしかたや発音の目標とするところは、歌手だと思っています。

竹田

ヴェテランの管楽器奏者の人ほど、歌手と同じことをやっています。管楽器奏者の声帯の使いかたは、歌手が歌っているときそのものです。頭声とか胸声と言いますが、頭のほうに響く感じがする音の多くは高音で、胸声(胸のほうに響く感じの声)は主に中低音……体内の共鳴の感覚も、管楽器奏者と歌手とではとても似ています。

荒木

管楽器を吹いているとき、喉はどうなっているのですか。

竹田

喉頭は声を作る部分で、声帯があります。音の高低で、声帯の状態は変わります。声帯の調節の様子は、歌と同じようにやっているのです。

荒木

音色の操作は、発音部(音源部)より奥のほうでやっています。

竹田

音色感がどう変化するかですが、ダブルリード楽器は、リードの振動を通して楽器本体で響かせ、演奏者の身体も共鳴します。楽器から出た音が身体にも共鳴共振するので、体格の違いで音色感も少し違ってくるようです。歌の場合、共鳴器官である口腔内や声道と呼ばれる場所の形態を変える操作で音色感が変わってくるのですが、管楽器も同じようにしている可能性があります。

オーボエのリードの吹き口のアップ。この狭い部分に息を吹き込んで音を出す

花粉アレルギーへの対応
花粉の時期はヴィブラートもかけにくいです (荒木)
演奏には、アレルギーは改善したほうが絶対にいいです (竹田)

道下

荒木さんは、花粉アレルギーでお困りだとか。

荒木

花粉の時期は鼻水もいやですが、喉がかゆかったり痛かったりすると、ヴィブラートもかけにくいのです。

竹田

ヴィブラートですが、腹でかけている人もいれば、喉・口のなかでかけている人もいて、さまざまです。花粉アレルギーの場合、花粉を口のなかに吸い込んでも反応が起こります。アレルギー性の咽頭炎や喉頭炎です。

荒木

喉が痒くて音を出しにくいとき、喉はどうなっていますか。

竹田

鼻のなかの粘膜と同じようなアレルギーの炎症反応が出ています。鼻腔の粘膜なども腫れぼったくなってきます。口のなかには息の流れがあり、花粉もそれに沿って動きます。軟口蓋にかけて痒くなる場合もあります。対処としては花粉の場合、抗原である花粉を多く吸わないようにします。吸い込んだ場合は、洗い流す。口のなかはうがいなどします。抗アレルギー剤を使えば抑えられます。あまりにもひどい人には、舌下免疫療法もあります。
鼻が詰まっている人は、口から呼吸をしており、それはあまり良くありません。鼻にはいろんな機能があります。たとえば、鼻からの呼吸はチリなどを取り除く作用もあります。また、吸った空気を加湿し、湿度を与える。口からばかり息を吸っていると、とても乾くのです。声帯などにも潤いは必要で、乾くと潤いがなくなって声が嗄れてしまう。また、冷たい空気がいきなり口から入ると、刺激されることもあります。ですから、鼻づまりがひどいアレルギーなどは、改善されたほうが演奏には絶対に良いです。
薬による副作用

道下

花粉症の薬には副作用もありますね。

竹田

抗アレルギー剤の副作用として、乾きと眠気、だるさがあります。花粉の症状のつらさに加え、薬でさらにぼーっとしてしまい、演奏の質も下がる場合もあります。最近は、副作用の少ない薬も増えているので、薬をじょうずに使う。また、スプレーも何種類かあります。街中で売られているのは、血管収縮剤入りのタイプ。よく効きますが、副作用も多いうえに徐々に効かなくなります。いまはステロイド入りの点鼻薬が主流で、血管収縮剤ほど効き目はよくないかもしれないけれど、副作用は少ない。また、小青龍湯など漢方薬は副作用が少ないです。

荒木

薬の副作用が怖いのです。飲んでダメな場合、動悸のような変な震えが出てしまいます。

竹田

ある薬に入っているエフェドリンという成分が鼻づまりに効くうえに、眠くなりにくいのです。でも、口の中が渇き、動悸も起こる副作用があります。演奏者は、新しい薬を試す際、本番直前に試すのは避けたほうが良いでしょう。

荒木

薬も食べ物も日常生活では気づかないけれど、ステージに上がって緊張と相まった瞬間に気づくのです。

竹田

相まってなんですよ、まさに!演奏では一般に自律神経である交感神経が非常に働いてしまうので、良い面もあるけれど、薬の副作用など悪い面も出てしまうのです。自分に合った薬を選ぶのはだいじです。
Profile
荒木奏美(あらき かなみ)

1993年生まれ。茨城県東海村出身。東京藝術大学首席卒業、同大学院修士課程修了。在学中の2015年(21歳)から東京交響楽団首席オーボエ奏者。第11回国際オーボエコンクール・軽井沢においてアジア勢で史上初の第1位(大賀賞)、併せて聴衆賞受賞。第27回出光音楽賞受賞。ハインツ・ホリガーに認められトリオで共演を行うほか、M.ブルグ、H.シェレンベルガーはじめ多くの奏者と共演。ソリストとして東響、都響等と協演。「東京・春・音楽祭」でのデビュー・リサイタル以降、B→C出演や音楽祭への参加など各地で幅広く演奏している。次世代型アンサンブル「Ensemble FOVE」、反田恭平率いる「MLMナショナル管弦楽団」メンバー。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)。

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