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耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第1回

耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

喉の状態やメンテナンスなど、診察室で話し合う3人。医学と音楽は思ったより深いかかわりがありそうだ。左から藤井、道下、竹田の各氏

音楽之友社刊「音楽の友」2020年1月号掲載

耳鼻科医の竹田数章氏はクラシック音楽に深い造詣を持ち、『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)の監訳なども行っている。その竹田氏が耳鼻科医の立場から、アーティストと対談、医学と演奏を探るシリーズ「耳鼻科医から見たアーティストと演奏」、第1回のゲストとして、自身がプロのフルーティストでもある、龍角散社長の藤井隆太が竹田氏を尋ねた。

お話

竹田数章Kazuaki Takeda

(仙川耳鼻咽喉科院長)

ゲスト

藤井隆太Ryuta Fujii

(フルーティスト、株式会社龍角散 代表取締役社長)

アシスタント&まとめ=道下京子Text = Kyoko Michishita

写真=武藤 章Photo = Akira Muto

フルートの息の取り方
息を吐き切った後に自然に身体が緩むと、おのずと息が肺に流れ込んでいくのです

藤井

フルートは、あらゆる管楽器のなかでもっとも息が続かない楽器の一つ。 燃費が悪く、瓶の口を吹いているようなものです。肺活量が少ない人は、常にブレスをどこでとるかという問題もストレスだと思います。いま、健康維持のために速足で1万歩を歩いたり食生活も見直しました。きっかけは、太ってしまい、ブレスも短くなってしまったこと。5年ほどやってみたところ、体重は増えなくなり、人間ドックの結果もどんどん良くなっています。この間、尾高尚忠《フルート協奏曲》作品30aをバルカン室内管弦楽団と共演しました。学生時代の譜面を見て、「昔はなぜここでブレスをとっていたんだ?」と驚きました。いまは、同じ場所をノンブレスで吹けたのです。やはり体は使い方が重要なのだと思いました

竹田

まず、息のとり方ですが、吸おうとする意識が強すぎると、かえって息がとれないのです。吸気時には、胸郭という肺の入っているスペースが広がり、息は自然と流れ込んでいきます。次にブレスの使い方です。息を吸ったような感じで声を出してみなさいという歌の先生もいますが、これは音声生理学的には理にかなっています。最初、息を吐くときに、息を吸うときの筋肉を使います。主に使っているのは横隔膜と外肋間筋という筋肉です。私はアーテム・トーヌス・トンというドイツの呼吸法をトレーニングに取り入れています。アーテム・リフレックス(呼吸の反射)といって、息を吐き切ったあとに自然に身体が緩むと、おのずとシュっと息が肺に流れ込んでいきます。それから、運動は良いと思いますよ。ウォーキングはちょうど良い有酸素運動です。

道下

私はブラスバンドでフルートをやっていたのですが、頻繁に気持ちが悪くなり、気がついたら床の上に寝かされていたこともありました。

竹田

過呼吸の症状です。フルートなどのエア・リードの楽器は、息をかなり使ってしまうので、起こりやすいのです。それから手も震えてきます。そうなった場合、とにかくゆっくり、静かに呼吸をすることが大切です。

藤井

初心者のなかには、吹きすぎる人もいます。教え方もむずかしくて、「ここに集めろ」と指先で指して、「フルートの歌口より広く吹いたって無駄ですよ」と。腹式呼吸では、背筋も使いますよね。

竹田

生徒には、全身で息をとって全身を使って吐き出すように言っています。息をとるとき、背中側を少し緩めるだけで、息は入ってきます。

藤井

足腰も重要ですね。ウォーキングのとき、靴底が丸くなっているMBT(マサイ・ベアフットトレーナー)の靴を履いています。立っているだけで、ビリビリふくらはぎがトレーニングされる感じです。演奏するときには普通の靴を履きますが、足腰は以前よりはるかに安定しています。

竹田

演奏は全身で行いますが、上半身に意識が行きがちです。脚からくるエネルギーを、演奏のエネルギーへとつなげたい。初心者の人は足関節、膝関節、股関節も突っ張ったままで立っていますが、それだと上半身が緩みにくいのです。下半身を緩めて、インナーマッスル……つまり下半身と上半身を繋げる筋肉も活用させたいです。そのことによって、さらに自由さが増し、息も自然に入ってきます。
症状と薬について
自分の身体を守り、育み、演奏に役立てていただきたい(竹田)
健康は、自分で作るものだという意識を持ちたいです(藤井)

藤井

なんと演奏前にコデインの入った咳止めを飲む人がいるとときどき聞きます。咳がひどいときに服用する薬ですが、症状がないのに強い薬を飲むとは信じられません。

竹田

薬の作用と副作用の両方を知っておくべきです。コデインは麻薬成分なので、たくさん飲むと精神作用も出ます。演奏のパフォーマンスのクオリティが落ちる可能性はありますね。

藤井

経営者としてももちろん気を付けていますが演奏者は、普段から自分の喉の調子をしっかり見て、早めに手当てしていただきたいですね。放っておいて症状が悪化すると、それこそ演奏どころではありません。

竹田

それから、鼻が悪くて口呼吸になっている人もいますね。口で呼吸すると、喉が乾燥します。とくに声帯や喉頭の粘膜は、乾燥に弱いのです。声はがさつきますし、管楽器は、演奏のときに歌と同じように声帯も使っているのです。

藤井

たしかに! 演奏のときにも声帯は動いています。

竹田

あと、逆流性食道炎。夜間に胃酸が上がってきて、声帯などに炎症を起こしてしまいます。食べてすぐ寝てしまうのは、逆流性食道炎を悪化させる原因です。歌や管楽器もそうですが、腹筋を使う人は少し下から胃が圧迫されますので、胃酸の逆流が起きやすいのです。タバコはダメ!

藤井

ところで、管楽器奏者でタバコを吸う人…… 私には信じられません。

竹田

タバコはダメです。肺の組織にダメージを与えるのです。そして肺活量が減ってきます。タバコの吸いすぎは、声帯や喉頭に炎症を起こします。もともと声帯は白色ですが、炎症が起きるとむくんできて、歌にもよくないのです。

道下

ほかに、どのような症状の患者さんがいらっしゃいますか?

竹田

イップス(ジストニア)のような症状は、最近よくあります。演奏しようとすると歌や楽器の場合、声帯や口唇、指などに異常が生じます。

藤井

昨年、大切なコンサートの前に、歯ぐきが腫れ、歯医者さんへ行ったところ、差し歯にしていた根本の歯が割れて炎症を起こしているということでした。薬を飲めば炎症を抑えることはできますよと言われましたが、鎮痛剤を飲み続けるとよくないので、抜歯を決断しました。幸い演奏には支障なかったのですが、やはり疾病は根治することが大切ですね。
Profile
竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)。

藤井隆太(ふじい りゅうた)

1959年生まれ、東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科(共学)、桐朋学園大学音楽学部を卒業後、同校研究科へ進学。研究科在学中にフランス・パリのエコール・ノルマル音楽院に留学、同校高等師範課程修了後、桐朋学園大学研究科を修了。フルートを林りり子、小出信也、クリスティアン・ラルデに師事。小林製薬株式会社、三菱化成工業株式会社を経て、1994年、株式会社龍角散入社。翌1995年、同社代表取締役社長に就任。桐朋学園音楽部門同窓会副会長、東京シティ・フィル財団評議員、日本交響楽振興財団会員。

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