耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第21回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

2024年最初のゲストはオーボエ奏者の辻功。辻はオーボエを演奏するための身体の使いかたを研究していることでも知られていて、大学と研究も行っている。
今回は、「研究者同士」の対談の様相も呈し、活発な意見が交わされた。
<音楽之友社刊「音楽の友」2024年1月号掲載>

スランプに陥ったときに、演奏のときの身体の使いかたを考え直したという辻(左)。いまではその研究も行うほどに

演奏する時の口の中

オーボエを演奏するときに、口のなかの形や喉を意識して演奏しています。

竹田

管楽器奏者は、歌っている人に非常に近い状態で演奏しています。演奏時の管楽器奏者の喉の状態を、鼻から喉頭ファイバーを入れて見たことがあります。声帯の使いかたなども、歌手と同じように調整しています。低い音を出すときは、声帯が少し短めで息を流しています。高いときは、声帯を前後で引っ張る筋肉で少し高めています。

自分の思い通りに動く筋肉ですか。

竹田

ある程度…… ですね。歌手はもちろん意識しています。低い声で、高い声でと意識すれば変わります。それと同じように調節することは可能だと思います。声出しながら演奏する奏法もありますよね。

ありますが、オーボエは息の量が少ないですから、なかなか声はでません。声帯が振動してくれないのです。

竹田

フルートのように、エア・リードのほうが口の抵抗が少ないので、楽器によって口腔内にかかる圧が違うのではないでしょうか。オーボエを吹くとき、口腔内の圧が非常に上がると思うのです。発声時には肺から喉頭を経て、声帯を通って息が流れ出ていきます。そのときに、声帯を振動させていますが、空気の流れが必要です。ベルヌーイ効果で、管のなかに息の流れがあると、その息の流れに対して垂直に力が働きます。そうしますと、声帯が吸い寄せられて振動するのです。声の振動数は非常に高く、たとえば、〝ラ”の音が440Hzとすると、1秒間に440回振動させています。このような速い振動は、筋肉で動かすだけでは不可能で、ベルヌーイ効果※のような空気力学的な働きが加わる必要があります。声を出しながら同時に演奏するのは、オーボエですとやりにくいのではないでしょうか。口腔内で生じる抵抗が強すぎて、声帯での息の流れが悪くなってしまうのも関係するではないかと思われます。

 

※ベルヌーイ効果:空気や水などの流体の速度が増すと、圧力が低くなりまわりの物を引き付ける現象

難しいですね。

♪実験♪

声帯は、左右1本ずつあります。声帯は振動しますが、吐いたりして開閉もします。この2枚の紙が声帯だとします。本来、空気は垂直方向に流れていますが、ここでは水平方向に流してみます。すると、両側の声帯(2枚の紙)が合わさって 、振動して鳴ります。オーボエのリードと同じような状態です。(竹田数章)

循環呼吸、音色の変化

軟口蓋を下げて循環呼吸をします。鼻から吸うために下げ、口のなかの圧力で吹くような感じです。それがうまくできない人もいます。

竹田

循環呼吸には、いろいろやりかたがあると思います。鼻から吸っている間に口から出しているわけです。ですから、その感覚をつかんでもらうなど。鼻から吸っている間に口に溜めている息を押し出せれば、できるようになると思います。私の授業では、学生にストローを使わせて、水をぶくぶくさせていますね。オーボエは、循環呼吸しやすい楽器といわれていますが、口のなかに多少溜まりやすいようですね。

最近、音色を作るのに、舌根…… 舌のいちばん奥のほうを上げてみたり、下げたりとさまざまな方法で音色を変えるような試みが行われています。

竹田

音源、たとえば、楽器からリードを離し外した状態で吹くと、ピーッという音が鳴ります。共鳴体、本体をつけてオーボエらしい音色が生まれる。人間の場合、体が楽器です。喉頭、声帯が音源です。声道、ここが通り道で共鳴体となります。この声道の形態を変えると音が変わる。たとえば、母音、言葉もそうです。舌の位置を変えたり、口を開いたり狭めたり、口唇を丸めたり…… それによって口腔内の声道の形は変わります。そうすると、母音、たとえば「あ」は、舌を口腔底に下げていますけど。「い」は、舌の前をもち上げますので、声道の形態が変わるのです。それと同じように、楽器演奏時、体も共鳴体として働き、舌根を上げたり下げたりすることで、共鳴腔の形が変わり、音色も変わるのではないかと考えられます。

息のスピード

圧力とスピードをとても意識して演奏しています。息が遅いと、音が飛ばない、遠鳴りしなくなることもあるのです。

道下

息のスピードは、どのように作られているのでしょうか。

竹田

息のスピードに関しては、呼吸に使われる筋肉があります。いろいろありますが、まず、横隔膜は吸気筋で、横隔膜が下がって息が入ってきます。それが徐々に上がると、呼気が出てきます。それを補助するのが腹筋群です。これは、努力性の呼気と呼ばれ、腹筋を使って横隔膜を押し上げていきます。肺そのものや胸郭も弾力性があるので、膨らんだら収縮しようとする、その力だけで息は出ます。風船みたいなものだと思ってもらってよいです。声の場合、なにも考えずにいるとすぐ息が出てしまい、ロングトーンができないので、セーブするために横隔膜や外肋間筋を使い、これらの吸気筋でゆっくり息が出るようにブレーキをかけながらやっています。さらに息が足りなくなると、努力性の呼気筋である内肋間筋や腹筋を使い、息のスピードや量を上げたりしてコントロールしています。

僕たちは、横隔膜をぐっと下げて息を吸っていて、横隔膜をできるだけ上げないように吹くようにしています。上がっていくと、音が変わってしまうのです。

最近、さまざまな方法で音色を変えるような試みが行われています(辻)
体も共鳴体として働き、音色も変わるのではないかと考えられます (竹田)

竹田先生(左)が図版を用いて説明


イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)

プロフィール

辻 功(つじ いさお)

1959年東京生まれ。東京芸術大学音楽学部付属音楽高等学校を経て東京芸術大学音楽学部卒業。在学中オーボエを似鳥健彦、梅原美男、鈴木清三、小島葉子、W.リーバーマンの各氏に師事。1985年第1回国際オーボエコンクール第2位(第1位なし)。1986年財団法人ソニー音楽芸術振興会主催第1回“パフォーマンス・トウデイ”にて好評裡に東京デビュー。1987年北西ドイツ音楽大学(デトモルト音楽院)を首席で卒業。在学中、オーボエをH.ヴィンシャーマン、G.シュマルフスの両氏に師事。元読売日本交響楽団首席奏者。現在、東京シンフォニエッタメンバー、洗足学園音楽大学教授(学部長補佐)、国立音楽大学客員教授、日本大学芸術学部講師、日本オーボエ協会理事長

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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