耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第22回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

今号のゲストはユーフォニアムの佐藤采香さん、現在もっとも活躍しているユーフォニアム奏者の一人だ。「お聞きしたいことがたくさんあります」と、竹田先生との対談を楽しみにしていたとのこと。
<音楽之友社刊「音楽の友」2024年3月号掲載>

天真爛漫な佐藤との会話に、竹田先生はじめみな笑顔になる。持ってきた楽器は、彼女か監修したウィルソン・ユーフォニアムTA2950UKAS-L(佐藤采香モデル)

聴こえかた、腹式呼吸

道下

ユーフォニアムを演奏するなかで、お身体の悩みはございますか。

佐藤

ユーフォニアム奏者は、バス・トランペットを演奏する機会もあります。ユーフォニアムは、ベルの向きがほかの金管楽器とは異なります。パス・トランペットを演奏するとき、音の出ていくイメージをつかむ方法がユーフォニアムとはまったく変わり、耳の使いかたも変わるような感じがします。

竹田

耳や頭の形による音響特性を、「頭部伝達関数」といいます。これは耳や頭の形によって、音質が変わることをいいます。たとえば前面と後ろから来る音では、なんとなく違いますよね。前のほうから来る音は、頭部の前面を通り、耳たぶに直接入ってきます。いっぽう、後ろから来る音は、頭部の後面を通り、耳たぶの後ろから音が回り込んでくるので違う音質として聴こえます。ユーフォニアムの抱えかたですと、上の方向に音が広がっていきます。頭や顔の正面から来る音と上方から来る音では、伝わりかたがちがうので、音質が異なって聴こえるのです。

佐藤

私の呼吸の方法は少し独特です。普通は腹式呼吸ですが、じつは私はそれが最初からよくわからないのです。おなかが膨らむのを感じ、息をサポートし、息を吐き出して、まっすぐ息を出す。それを最初に教えてもらいましたが、違和感をずっと持っています。お腹に息を溜めることが私にはできないのです。

竹田

腹式呼吸、胸式呼吸という言葉がありますが、全身で呼吸をしているというとらえかたが大事だと思います。

佐藤

それはイメージ的なものですか。

竹田

イメージもそうですし、実際の身体の動きもそうです。横隔膜は胸腔の底にあり、胸腔と腹腔を境にする筋肉性の膜です。横隔膜が下がり、下にあるお腹の臓器が押されて前に出るような感じになるので、腹式と呼ばれています。横隔膜を下げて、胸腔を上下方向に広げることが大切なのです。そうすると胸腔に息が流れ込んできます。 鼻から静かに息を吸うと、横隔膜は下がっています。胸のほうだけで息を吸う、いわゆる胸式と呼ばれる呼吸は、横隔膜が下がっていない状態で、肋骨が上がることで息が入ります。その方法ですと、入ってくる息の量は少ないです。横隔膜を下げて入れるほうが、短時間に多くの息が効率よく胸腔に入ってきますので、それを勧めています。ユーフォニアムは息の量が必要な楽器だと思うのです。「お腹、お腹」と言って意識させる先生もいますが、実際には肺に空気が入ってくるので、腹式呼吸だけではなく、前後方向で息を取り入れる胸式のやりかたも使います。

佐藤

意識的に使えるのですか。

竹田

訓練によってできます。胸式だけを意識して、鎖骨が盛り上がるような呼吸法では、じつは息があまり吸えていないのです。

佐藤

前後というのは、胸郭が広がることですね。

竹田

息をとるとき、背中側もかなり動いています。胸腔のスペースを広げたいのです。背中側を広げても、スペースができますから、息を取るときには前ばかりではなく、背中側を広げることでそこに空間ができますので、息が入ってきます。身体を少し緩め、広げることで息が流れ込んでくる…… その感覚が大事です。

私は腹式呼吸というものに違和感をずっと持っています(佐藤)
全身で呼吸をしているというとらえかたが大事だと思います (竹田)

みずから「ボクサータイプ」だという佐藤の楽器の構えかた

ユーフォニアムの持ちかた

竹田

ユーフォニアムは、抱えて演奏されますが、息を取り入れにくくないですか。

佐藤

そう思います。

竹田

前胸側を広げるのも大切です。それから、結構重くないですか。

佐藤

左腕でも支えています。

竹田

左の腰骨の上にも載せるのですか。

佐藤

本当に重くて、載せてしまっています。

竹田

肋骨とお腹の間に横隔膜があります。腰骨に載せていると、お腹が圧迫されませんか。

佐藤

じつは、ずっと気になっていました。

竹田

横隔膜は左右両方にあるから、腰骨に載せないほうがよいと思います。下腹部が圧迫されていると、横隔膜は下りにくいと思いますよ。

佐藤

おっしゃる通りです。

竹田

下腹部が圧迫されないようにすると、息を取り入れるのが少し楽になるような気がします。佐藤さんが演奏しているのを見ていると、背中側はずいぶん広がっていますので、それはよいと思います。重い楽器を持ちながら立って演奏するのは、大変ではないですか。

佐藤

私は、ボクサータイプといいますか、前傾姿勢になっています。

竹田

背中は広がってよいけれど、それだと、横隔膜の下がりは少し弱いかもしれません。

佐藤

どんな姿勢が理想的なのでしょうか。

竹田

歌の場合は、立って歌うときは、だいたい肩幅ぐらいに足を開き、関節を緩める。足首や膝、股関節なども少し自由にする。そして、背骨で支えられた体幹の上に頭を載せる感じにすると、声がよく鳴ります。その自由な身体でもって、胸腔内の上下、前後を広げてやると呼吸が効率よくとれます。

佐藤

ただ、重い楽器を持って演奏するので、前傾になりがちです。また、楽器を左手だけで支えなさいといわれます。でも、私はできないので、両手で支えています。

道下

ユーフォニアムの重さはどれくらいですか。

佐藤

大体4〜4・5キログラムだと思います。

竹田

どこかで楽器を支えたいですね。身体からときどき離して、ときどき載せるのはいかがですか。

佐藤

折衷案ですね! ありがとうございます。


イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)

プロフィール

佐藤采香(さとう あやか)

1992年生まれ、香川県出身。高松第一高校を経て東京芸術大学卒業、同大学大学院及びスイス・ベルン芸術大学特別ソリスト修士課程修了。日本管打楽器コンクール第1位、リエクサ国際コンクール第1位。香川県文化芸術新人賞受賞。2018・19年度RMF奨学生。CD『Beans』『、軒下ランプ』を発売。イーツリー主宰、ぱんだウインドオーケストラ、Ueno Bass Clef、TRIO「あれれ」各メンバー。桐朋学園大学音楽部門特任講師。

■CD
軒下ランプ
〈演奏〉佐藤采香(ユーフォニアム)、清水初海(p)
〈曲目〉加藤昌則《軒下ランプ》、J.S.バッハ「無伴奏パルティータ」BWV1013、ベートーヴェン「モーツァルトの《魔笛》の〈恋を知る男たちは〉の主題による7つの変奏曲」、メンデルスゾーン「無言歌」作品109、ヴェースピ「ユーフォニアム協奏曲」、スパーク《イーナの歌》[NJ-MYCL00004]

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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