耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第36回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
今月のゲストは千葉県匝瑳市にある東榮寺の住職で、声明家としても活動している室生述成。声明とは仏典(お経)に節をつけたもので、普段の法要などでも使われる。それをクラシック音楽や雅楽とコラボする試みが多数行われている。
<音楽之友社刊「音楽の友」2026年7月号掲載>

「声明」には興味があったという竹田先生。能管を吹く先生と僧侶である室生と「和の対話」となるか
21歳から本格的に始める
先ほど、室生さんの声明を拝聴しました。透き通るような声の響きで、音の高さの微妙な変化も感じられました。
歌う声が滑らかですね。
日本音楽の原点は声明にあるとおっしゃる人も多いですね。天台声明は、旋律の前後に装飾音を施します。少し低く始まり、少し高く終わる塩梅(えんばい)というものです。それから、リズムも肝心ですね。
室生さんは、何歳ごろから声明を始められたのですか。
本格的に始めたのは、21歳ごろです。父の同級生の声明家が、私と同じ千葉県内に住んでいたので、毎週通っていました。30年ほど教わりましたね。

図版を使って説明
逆流性食道炎
私は、今年で55歳になります。若いころは、一日中法要の手伝いをして無理して声を出しても、翌日なんともなかったのですが、50歳になったころから声の不調を感じるようになりました。不調は、二つあります。一つはお経を読んでいるとき、咳でむせるようになりました。若いころならば、風邪をひいていても、法要の本番になれば咳を抑えることができました。いまは、酢の物を食べたときにむせるような感じでゴホッと咳が出ます。睡眠不足のときに顕著に出ます。でも、法要の前はよく寝れば症状は出ません。じつは昨年、逆流性食道炎の手術をしました。食道から胃につながる部分に問題があったようで、食道をぎゅっと10ミリメートルに縮めました。そうすると、逆流しにくくなり、改善しました。
原因はいろいろ考えられます。声を出していると、喉頭に炎症が起きやすいですね。そうすると、喉がいがらっぽくなり、咳をしたくなります。それから、年齢が高くなると、身体も少し乾きやすくなります。そうすると、炎症が起きやすくなります。喉には、ある程度の潤いがあったほうがよいですね。乾きやすくなって炎症が起きやすくなり、咳をしたくなるのではないかと考えられます。乾きやすいと、痰がからみやすくなります。声を作るところである喉頭に痰がからむと、咳をしたくなります。逆流性食道炎ですが、胃酸が少量でも上がってくると喉に影響が出る場合があります。
やはり食道や喉への影響は大きいのですね。
食道より上まで胃酸が上がってくることがあるのです。喉頭まで上がってきて、炎症が起きて咳が出やすくなったり、ひどいケースですと、喘息のような感じになったりする人もいます。咽喉頭の酸逆流症と呼んでいます。
お腹に力を強く入れるので、それも胃酸が逆流しやすくなる原因ですか。
腹筋を使う際に力が入ると、胃が下のほうから圧迫されて逆流しやすくなる。だから、声楽家など声を出す人は、逆流性食道炎になりやすいといわれています。それと連日のように声を出す仕事などが続く場合、睡眠はとても大事です。寝ている間に身体を回復させ、炎症をとっていきますので。
三味線や長唄の先生がたは、80歳を過ぎてもすばらしいお声を維持しています。先生は「毎日お稽古しなきゃダメなのよ」とおっしゃいますが、西洋音楽の歌手のなかには「午前中はしゃべらない」という人もいます。どちらが正解なのでしょうか。
それは程度によります。ある程度、練習している人は維持しやすいですが、やりすぎてもよくないですね。ほどほどに練習して、ほどほどに休む。やりすぎると、疲労が蓄積したり炎症が起きたりするので、休むことも必要です。
これからお盆(注:関東は7月)を迎えますので、 なかなか休めません(苦笑)。
声枯れ、声帯委縮
もう一つの不調は、声枯れです。ここ最近の出来事ですが、最初は「今日は調子がいいな」と思っていても、数分経つと声がガラガラして出なくなってしまいます。
若いころは高い声も力で出せてしまうようなことがあっても、年齢が高くなると、体力なども落ちてきて、それができなくなります。
出せる音域が狭まるということでしょうか。
狭まる場合もあります。一般的には、女性のほうが年齢に従って高音域が落ち気味になりやすいですね。低音については、力強い低音などは出しにくくなる可能性があります。
お坊さんの世界でも、80歳を過ぎると、声の高さがみんな同じぐらいになります。高い音が出なくなりますし、低い音も出ません。
体力や筋力だけではなく、声帯そのものが変化していきます。ふだん声を出している人はそうでもありませんが、一般の人ですと、「萎縮」といいまして、使わないと筋肉が落ちてきます。そうすると、左右の声帯の間に隙間ができてしまい閉じられなくなります。それを「声帯萎縮」と言い、息漏れ声になります。声帯萎縮を防ぐには声をある程度出したほうがよく、稽古は一生続けたほうがよいです。それから、高齢になりますと声帯粘膜を構成している成分も線維化などの変化が生じ、硬くなってきます。すると声の質が変わってきてしまうのです。
稽古をいくら重ねても防げない部分もあるのですね。
加齢による変化を防ぐのは難しいですが、最近「声の加齢性変化に対するアンチエイジング」の手段が少しずつ進歩してきています。
50歳になったころから声の不調を感じるようになりました (室生)
稽古は一生続けたほうがよいです (竹田)

「最近のどの調子が悪くて」という室生。急きょ診察も行われた
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プロフィール

室生述成(むろう じゅっせい)
1971年生まれ、千葉県出身。僧侶、声明家。天台声明を海老原廣伸師、天納久和師、齊川文泰師らに師事。天台聲明七聲会に創設から所属し、1999年から「声明の会・千年の声」、2009年から「アンサンブル遊聲」、2014年から中尊寺如意輪講式復元事業に参加。国内外の声明公演に多数出演している。千葉県匝瑳市天台宗東榮寺住職。

竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。ONTOMO MOOK『人生をより豊かにする音楽と医学-のど、脳、身体の機能から探る』(音楽之友社刊)




