耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第35回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
今回のゲストは、竹田先生のところに通っているというソプラノの髙橋絵理。花粉症に悩まされていたという髙橋が行っていることや治療などを語り合った。
<音楽之友社刊「音楽の友」2026年5月号掲載>

竹田先生(右)の仙川耳鼻咽喉科に通っているという髙橋(左)。身体の状態を万全にするように心がけている
体質改善を目的に
髙橋さんは、竹田先生のクリニックに通っているとうかがいました。受診のきっかけを教えてください。
竹田先生のクリニックは、通い始めて、歌手のかたがたくさん受診していることを知りました。受診のきっかけは、風邪か花粉症、あるいは歌いすぎによる疲労だったと思います
花粉症なのですね。
数年前からグルテンフリーという食事法を続けています。小麦のアレルギーではありませんが、体質改善を目的に行ってみたところ、花粉症が軽くなり、いまはそれほど薬を飲んでいません。
グルテンフリーに取り組まれているのですか。
はい。パフォーマンスが上がる感じはします。身体が軽くなるような感覚ですね。小麦を使った食品をとっていたとき、消化に時間かかっているように感じられました。グルテンフリーは、私には効果があったと思います。
グルテンが合わないかたがおられます。リーキーガット症候群といって、グルテンを摂ることで腸管に傷がついてしまうのです。それから、小麦に対するアレルギーの人も負担がかかります。また、グルテンを食べて調子が悪くなる人は、もしかしたらグルテンがきっかけになってセリアック病という自己免疫疾患になっているかもしれません。そのようなかたは、消化が遅いようですね。
それから、定期的なメンテナンスで竹田先生のクリニックに通っています。
髙橋さんにはBスポット療法(上咽頭擦過療法)を行っているのですが、アレルギー性鼻炎に伴う上咽頭炎に効くといわれています。
先生が塗ってくださるのですが、少しピリッとしみます。
Bスポット療法では、専用の道具を使い、口からと鼻からも塗ります。炎症があると、その薬を塗るとしみますね。
月に1回、それから、本番や稽古などが立て続けにあるときは、週に1回塗っていただきます。そうすると、声が出やすくなります。
花粉症で、最もつらい症状は何ですか。
イガイガした感じですね。鼻も腫れますので、声が出しにくく、あまり響かなくなります。
鼻の粘膜が腫れるので、鼻腔共鳴が悪くなります。 とくに、声楽のかたはそこを大事に響かせていますから。あと、マスケラ(※注)の響きも悪くなってしまいます。ですから、歌う人は、アレルギーにしっかり対処したほうがよいですね。悪くなる前にケアすることがとても大切です。
※注:マスケラ 鼻の付け根や目の周りに声の響きを集める技術。昔のイタリアの仮面=マスケラには目と鼻のところにしか穴がなかったため、仮面のその位置をイメージするようにたとえられたもの。
乾燥への対処
30歳代後半ごろから、乾燥を感じるようになりました。
女性は年齢によってホルモンの変化が起きます。たとえば、更年期以降では、女性ホルモンが減っていきます。そうすると、乾きますね。
以前は、緊張すると喉の渇きを感じていました。稽古やリハーサルのときはそこまで感じないのに、本番で緊張していると、「あれ? 喉が乾燥している」と思うこともありました。30歳代後半ごろから、そのように感じることが多くなり、とくに歌っているときに症状が顕著になります。そこで、先生から教えていただいたのが、麦門冬湯です。風邪などの症状のときに服用していますが、本番前に、それをお守り代わりに飲むこともあります。そうすると、少し改善されますね。
麦門冬湯はノドを潤す効果があって、ノドが乾きやすい歌手のかたにはおすすめです。ノドの乾きは自律神経の関係で、交感神経が働いてくると、少し乾いてきます。経験を積むにつれて、緊張に対処しやすくなるとはいわれていますけれども、それでも大きな本番や作品の難しさからくる緊張もありますよね。そうすると、自律神経は、すぐに反応してしまうのです。ゆっくりと徐々に交感神経が働いてくれるとまだよいのですが……。ほんと数秒ですからね。心拍数も上がります。
定期的なメンテナンスで竹田先生のクリニックに通っています (髙橋)
乾燥に対して上咽頭をケアすることはよいと思います (竹田)

髙橋はグルテンフリーをはじめてから身体が軽くなったという

マスケラについて語る竹田先生
鼻うがい
冬は大変です。空気が乾燥していますので。
そのためにも、上咽頭をケアすることはよいと思います。鼻うがいもよいですね。
鼻うがいも行っているのですか。
私は、Bスポット療法だけです。
鼻うがいも、上咽頭……鼻の奥の、咽頭と接する場所ですけれど、そのあたりを洗い流せるのでよいと思います。私は入浴時にやっていますよ。鼻うがいは、インド医学に由来しています。彼らは昔から行っているそうです。浸透圧の関係で真水だと刺激が強いので、調整して刺激が少ないような薬液を用います。人肌のあたたかさ…… だいたい36度ぐらいからもう少し高めでもよいですが、その温度ですと刺激が減り、鼻の通りもよくなります。シャワーは温度調節できますよね。
毎日行わなければいけないのでしょうか。
毎日行わなくてもよいのですが、たとえば、鼻水が喉に落ちてくる後鼻漏の人にもおすすめです。あと、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎の人も、行ったあとはさっぱりすると思います。花粉のひどい人にもよいですね。それから、薬液が鼻腔・副鼻腔に溜まることがありますので、頭を傾けるとそこに入った水がしばらくしてから出ることもあります。だから、演奏直前には行わないほうがよいと思います。コロナの患者さんにも使っています。コロナの後遺症の人は、じつは上咽頭で炎症が起こってしまっているのです。
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プロフィール

髙橋絵理(たかはし えり)
国立音楽大学大学院、新国立劇場オペラ研修所を経て渡伊。《道化師》ネッダで東京二期会にデビュー。以降《蝶々夫人》表題役、《フィガロの結婚》伯爵夫人、日生劇場《コジ・ファン・トゥッテ》フィオルディリージ、全国共同制作オペラ《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・アンナ等を演じる。またN響「第9」のソリストを務めるなど、コンサートでも活躍。第6回静岡国際オペラコンクール第3位およびオーディエンス賞、五島記念文化賞新人賞等受賞。二期会会員。
■公演情報◎新国立劇場《エレクトラ》〈日時・会場〉6月29日19時/7月2日14時/5日14時/8日14時/12日14時・新国立劇場オペラパレス〈指揮〉大野和士〈演出〉ヨハネス・エラート〈出演〉藤村実穂子、アイレ・アッソーニ、ヘドヴィグ・ハウゲルド、工藤和真、エギルス・シリンス、髙橋絵理、他〈問合せ〉新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999

竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。ONTOMO MOOK『人生をより豊かにする音楽と医学-のど、脳、身体の機能から探る』(音楽之友社刊)




