耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第34回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
芸人、しかも雅楽の笙を吹く雅楽芸人のカニササレアヤコが今回のゲスト。ピアノは4歳から習っていて、なかなかの腕前だそうだが、すでに古楽器等のクラシック音楽の奏者とも、雅楽で多数共演を行っている。ちなみに芸名の由来はよく蚊に刺されるからだそうだ。
<音楽之友社刊「音楽の友」2026年3月号掲載>

演奏するときのノドや呼吸などについて竹田先生と話す
唾液について
笙を演奏するときは、息継ぎなしで吹き吸いを繰り返しています。ですから、20〜30分の長い曲をずっと息継ぎなしでやっていると、唾がたまってしまうのです。演奏中にほとんど唾が出ない人もいれば、垂れ流しながら演奏する人もいます。唾のコントロールをどのようにすればよいだろうと、笙仲間たちと話しています。
笙は、吸っても音が鳴りますよね。能管と同じように、笙の楽譜(笙譜)には唱歌はありますか。
はい。唱歌を歌うときには息継ぎをします。しかし、笙を吹くときは、息継ぎなしで演奏するのです。
能管を演奏するときも息継ぎの時間が短いので唾液が溜まってきます。対策の一つとして、本当は長く吹かなければいけないところを少し短めにして、ぐっと飲み込むときもあります。唾液の処理は難しいですよね。
笙奏者ではありませんが、唾が出ないように唾液腺を焼いた人もいるという噂を聞きました。
あまりおすすめできません。唾液腺はとても大事な器官で、食事のときにも働いています。年をとると、唾液の量は少し減ってきます。ですから、唾液腺を取っていたら大変なことになると思います。唾が溜まってきたら、わからないように飲み込む。そうするしかないのではないでしょうか。
本番前に食事をとらなければ、抑えられたりできますか。
能の世界でもいろいろいわれていますが、直前にあまり食べすぎないほうがよいと思います。
いま、循環呼吸で吹きながら唾を飲み込む練習をしていますが、なかなかうまくできません。
循環呼吸は口から息を吐きながら同時に鼻から空気を吸って肺に届ける技術です。この時唾液を飲み込むと、喉頭は挙上し、喉頭蓋で空気の通り道が蓋をされてしまいます。そうすると息が肺に入らなくなるので呼吸はできないことになります。つまり、循環呼吸で吹きながら唾を飲み込むことは理論的にはできないのです。
喉の渇き
唾が飲み込めないので、演奏中に喉が乾いてしまいます。それは、のど飴などで対策できるのでしょうか。
予防的に、舐めておくのもよいのではないでしょうか。喉は潤うと思いますが。あと、カフェインなどをとると、喉は乾きますよ。
あっ! 緑茶をよく飲んでいます。
一般的には、コーヒー、紅茶、緑茶などカフェインが多い飲み物をとると口から喉まで乾いてしまいがちです。濃いカフェインを演奏直前に飲むと、喉が乾きすぎて吹きづらいかもしれません。ですので、そういう飲み物をとるときは、同じ分量ぐらいの水分もとることが勧められています。また、管楽器の場合、喉に空気をずっと流しているので、乾き気味になります。演奏の際、自律神経の関係で、緊張すると交感神経が高まって喉が少し乾きます。でも、リラックスした状態で吹いているときは、副交感神経が高まり、唾液もやや出てきます。
確かに、緊張度によって口の状態も違います。
リコーダーなど、吹いていると楽器の中で湿度が上がってしまい、水滴を取らないと音が変になります。笙についてはどうですか。
温めます。冷たい状態で吹くと、楽器の中で息が結露してしまい、水が溜まってしまいます。
竹でできているのですよね。
そうです。頭(かしら)は木の漆塗りでできています。青銅に近い金属のリードが付いています。
竹の一本一本にリードが付いているのですね。
雅楽は楽器のほか、歌と舞まですべてできて一人前といわれています (カニササレ)
リラックスした状態で吹いているときは、副交感神経が高まります (竹田)

笙を吹くカニササレアヤコ。音が鳴る原理はパイプオルガンなどと同じ

【笙の調律について】
リードの真ん中にあるおもりで、音の高さを変えられます。おもりは蜜蝋と鉛の細かい粉でできています。おもりを重くすると音が低くなります。
0.7ミリほどの大きさですので、目が悪くなると調律もできなくなります。調律は17本分、2時間ぐらいかかります(カニササレアヤコ)。
聴こえる音域
私の笙の先生から、「年齢を重ねると、高い音が聴こえなくなる。あなたは若いから、いまが笙の音が最もきれいに聴こえているよ」と言われました。
笙の調律で基準となる音の高さは何Hzですか。
雅楽は430 Hzですね。
高い音はどのくらいまで出ますか?/p>
高いFis(F#6)ですね。
いちばん耳がよい年齢は、20歳未満です。年齢が上がると、高音域の聴覚が落ちてきます。ピアノの最高音に近いところが4000Hzくらいあります。そのオクターヴ上以上のようなとても高音域の聴覚は、年齢とともに落ちてきやすいのです。
それを防ぐ方法はありますか。
一つは、すごく大きい音を聴かないようにすること。大音量の音を聞き続けると、聴力は落ちやすいのです。フル・オーケストラの強い音で130dBくらいです。ヘヴィ・メタルのコンサート会場などはそれくらいの数値に達しています。音響外傷の問題もありますね。大音量の楽器と共演する時は、気をつけたほうがよい場合もあります。
耳栓をするとか。
それも一つの方法です。それから、音の大きさと聴取時間との関連もあります。やはり聴いている時間を長くすることは気をつけたほうがいいですね。
雅楽の活動
雅楽とお笑いとでは、使う声の質なども異なるのではないかと思います。声についてご苦労されたことはありますか。
雅楽で長時間歌っていると、ときどき喉が疲れる感じがあります。そのようなときには、ハチミツを飲むなどしています。雅楽は、管楽器と絃楽器、琵琶かお箏かのどちらかと、打楽器全般、あと歌と舞がすべてできて一人前といわれています。
能楽も謡、舞、楽器とすべて学ばなければならず、同じなのですね。
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プロフィール

カニササレアヤコ
お笑い芸人・雅楽演奏家・ロボットエンジニア。日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し、雅楽器の笙を使ったネタで芸人として活動するかたわら、人型ロボットなどのアプリ開発を手掛ける。早稲田大学文化構想学部卒業。現在東京藝術大学邦楽科雅楽専攻に在籍中。「R-1ぐらんぷり」決勝、「ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ」、「笑点特大号」などの番組に出演し、2022年にはForbes JAPANにより「30 UNDER 30(世界を変える30歳未満30人)」に選ばれている。

竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。ONTOMO MOOK『人生をより豊かにする音楽と医学-のど、脳、身体の機能から探る』(音楽之友社刊)




