
耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第29回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
この連載で、まだ未登場の管楽器がいくつかあった。オーケストラの金管楽器の再低音を受け持つテューバもその一つ。今回は読売日本交響楽団のテューバ奏者の次田心平がゲスト。竹田先生と語り合った。
<音楽之友社刊「音楽の友」2025年5月号掲載>

次田はスギ花粉症に長年悩まされているという。「舌下免疫療法」のことを聞き、「来年のために、先生のところへ(療法を受けに)行きます!」
舌下免疫療法
スギ花粉症の「舌下免疫療法」(※注)を受けてみたいと考えています。いつからスタートするとよいですか。
来シーズンに向けて始めるならば、6月。使い始めのときに舌の下に置きますが、50〜60パーセントの人はその部分に少し痒みを感じたり、赤くなったりすることがあります。でも、1〜2週間で慣れてきます。それでもダメな場合は、かゆみ止めの薬を一緒に飲むことで防ぐこともできます。3〜4年ほど続けますが、たいてい使い始めて数カ月ぐらいすると効いてきます。ですから、次のシーズンに間に合う人が多いですね。
どのぐらいのペースで通院すればよいですか。
月に1回、薬を取りに来るような感じでも大丈夫です。
※注:アレルゲンをふくむ治療薬を舌の下に投与する療法。スギ花粉症またはダニアレルギー性鼻炎の治療に用いる。
口唇ヘルペス
1月中旬に、久しぶりに唇にヘルペスができてしまいました。その時期、花粉症にもなり、唇がカサカサになります。季節の変わり目になりやすい気がします。
口唇ヘルペスですね。ウイルスが身体の神経細胞に入り込みます。たとえば風邪をひいたり、身体が疲れていたり、免疫が落ちていたり、寝不足をずっと続いてしまったりなど…… そういうときに症状は出ます。症状が出てもすぐに薬を飲むと、重症化せずにすみます。
そのカサカサも、ヘルペスから来ているのでしょうか。すごく吹きにくい時期でした。
ヘルペスが出ると、まず痛いですね。水疱が出きます。
痛かゆいですね。
吹きづらいでしょうし、治ってくるとかさぶたのようなものができます。そのせいで、唇が荒れていると感じるのかもしれません。かさぶたが取れると、元の唇の状態に戻ります。
好きな歌手の動画をレッスンで使います (次田)
管楽器は、声楽ととても近いですね (竹田)
長く演奏活動を続けたい!
テューバは息をたくさん使う楽器なので、歳をとっていくなかで、肺をキープする必要があると思うのです。どういうことをすればよいでしょうか。
肺活量の検査もできますよ。テューバ奏者ですから、普通の人よりは多いのではないでしょうか。たくさん吸って、思いっきり吐く…… この間を肺活量といいます。肺活量にはいろんな予測式がありますが、私たちの身体のなかでいちばん関連しているのは、一つは身長です。身長の高い人の肺活量が多いという予測式になっています。もう一つは、エイジング…… 年齢です。年を取っていくほど、肺活量は減ります。どういうことが起きているかというと、肺のなかで使われなくなるような場所が増えるのです。若いころには、肺胞に空気がしっかりと送られているのですが、徐々に機能しなくなる肺胞が増えるのです。そのような場所が増えてくると、肺活量は徐々に減ります。よくないのはタバコです。予防としては、有酸素運動を行うとよいと思います。ですから、テューバのような楽器はよいと思います。それから、身体のストレッチなど。肺は前後左右にありますので、胸郭や背中側もふくめて広がるようにする。だんだん年を取ってくると、硬くなりますし、気をつけなければ巻き肩のようになり、それで狭くなってしまいます。背中側や肩甲骨まわりなどを、柔らかく動くように広げてあげる。それから、腹筋なども関係しています。身体を広げるのによいのは深呼吸ですね。深呼吸して身体を広げると、胸郭も広がり、息が入ってきます。自分で腹部を触りながらさらに深呼吸してみると、より広がりますよね。そうすると、肺の下の部分も広がってきます。だから、先ほど申し上げた、使われていない場所が使われるようになります。反対に、徐々に縮まっていくと、あまり使われない場所が増え、空気の出入りができなくなり、息の出入りに役立たない場所が増えてしまいます。ですから、呼吸法を学んだほうがいいと思います。
管楽器は、声楽と結びついていると考えています。レッスンでは、僕が好きな歌手の動画などを使います。最近では、歌手のブリン・ターフェルさん(Br)。彼の後ろで演奏したことがあるのですが、身体がすごく鳴っている! もしも、彼がテューバを吹いたら、とてもよい音を鳴らすのではないかと思います。
管楽器は、声楽ととても近いですね。
チェンジ
裏声のまま下がる、も〜う(⤵)みたいに声を低くすることができない人もいます。途中で切り替わらないほうが、チェンジなしにそのまま低くできるほうが、楽器の状態に近い。
声が低音から高音に上がっていくとき、いわゆる地声と裏声とを切り替える場所があります。低音から上がるときと、高音から下がるときとでは、そのチェンジの場所が違うのです。低音から上がったときのほうが、高いところでチェンジしやすいのです。逆に高い音から落ちていったほうが、低いところまでチェンジなしでできます。ベルカントな歌いかたの人たちは、チェンジなしに全部つなげられます。
理想的ですね。
声帯を動かしている筋肉があり、裏声と地声とではその筋肉の使いかたが変わります。その変わる場所が、換声点といわれたり、チェンジやブレイクなどと呼ばれたりしています。切り替わりをわからないようにきれいにつなげていくことを、楽器の演奏でもやったほうがよいかもしれません。


テューバは見ての通り、大型の金管楽器だ。
身体の使いかたも独特のものがある

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プロフィール

次田心平 (つぎた しんぺい)
1979年生まれ、京都府出身。京都市立芸術大学音楽学部を首席で卒業、同時に音楽学部賞、京都音楽協会賞を受賞。2000年、カナダの国際テューバコンクールセミファイナルに出場。第18回日本管打楽器コンクール、テューバ部門第4位。同コンクール第21回には第3位、同コンクール第24回には第1位入賞。読売新人演奏会に出演。日本フィルハーモニー交響楽団を経て、現在は読売日本交響楽団テューバ奏者。侍ブラス所属、なにわ〈オーケストラル〉ウィンズ出演。ジャパンテューバソロイスツのメンバー。
■公演情報
ARK BRASS “BAROQUE” CD発売記念コンサート
〈日時・会場〉6月23日19時・浜離宮朝日ホール
〈出演〉ARK BRASS(金管十重奏:次田心平tub他)
〈曲目〉バード《オックスフォード伯爵の行進曲》、ヘンリー8世(ハワース編)「組曲《棘のないバラ》」、ファーナビー(ハワース編)《空想・おもちゃ・夢》、《ルネサンス組曲》、他

竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。ONTOMO MOOK『人生をより豊かにする音楽と医学-のど、脳、身体の機能から探る』(音楽之友社刊)