
耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第28回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
モダン・フルートだけでなく、日本を代表する古楽奏者の一人ともなったフルート&フラウト・トラヴェルソ奏者の有田正広。有田はかつて演奏家にとってやっかいな難病を発症するも、克服しながらステージに立ち続けた。
<音楽之友社刊「音楽の友」2025年3月号掲載>

フルート奏者にとって重大な疾病を克服した有田(左)だが、ほかにもノドのトラブルに悩まされていたようだ。
痰がからむ
もう長い間、痰がからんでいるような症状が続いています。痰が降りてきて、喉をくすぐり、咳が出ることがあります。つらいのは、講義で学生に話すときで、しわがれ声になってしまう。近所のクリニックで漢方29番(麦門冬湯)、それから食後に飲む薬を飲んでいます。
麦門冬湯は、咳・気管支・喉・後鼻漏に効く代表的な薬です。鼻の状態が悪く、鼻水がノドのほうに落ちてくるのを後鼻漏といいます。それが痰のようになりますので、咳も出る。その場合は、両方をよくしていきます。薬はいくつかあります。それから、よく使われるのは去痰剤。ムコダインやムコソルバンという代表的な薬もあります。ひどい人は、2種類を一度に飲むとよい場合もあります。どちらも去痰剤ですが、微妙に作用が異なります。それとも、ノドの違和感のほうが気になりますか。
はい、張り付いている感じがします。
別の原因もあります。胃酸の逆流症。
僕、胃酸の逆流症です。いまタケキャブを毎朝飲んでいます。
胃酸が、食道だけではなく咽頭や喉頭のところまで上がってくる。そうすると、ノドに違和感が出てしまいます。咽喉頭異常感といって、ノドになにか引っかかっている感じがします。声もかれます。その場合、胃酸の逆流が怪しいですね。胃酸が原因の場合、タケキャブはよく使われる薬ですが、それだけで抑えきれないときには、ほかにも少しずつ薬を足していきます。漢方薬でも半夏厚朴湯という、喉の違和感をとりながら、胃酸の逆流を抑える薬があります。ほかにも六君子湯、半夏瀉心湯、咳を伴うときは柴朴湯などが有効なときもあります。一般的に、食生活などやストレスなどもかかわっています。
それから、食べたあと、すぐに横になってしまいます。
食後2時間ぐらいは空けてから寝たほうがよいといわれています。症状が続く場合は、寝るときに上半身のほうだけを少し上げる形にすると逆流しにくくなります。あと、締め付けるような服装も胃を圧迫します。生活習慣を改善すると、よくなっていくと思います。
無心になってフルートを演奏しました (有田)
息をゆっくりと吸って吐けば戻ります (竹田)
イップスの発症と克服
あるとき、練習の最中から、フルートを持っていても引きつるような変な感覚があり、指が動かなくなりました。とにかくなんとかやるのですが、意志がおよばない。ここをどうやって吹いていたのだろうと。そして、演奏会の途中で吹けなくなってしまいました。「すみません、もう1回やります」と。その後、なんとか吹きました。イップス(動作に支障をきたす運動障害、ジストニアとほぼ同義)のことは、鍼灸院の先生から指導を受けました。
有田さんは、どのように克服なさったのですか。
その先生がおっしゃるには、音楽家は、瞬間に頭のなかに生まれたイメージで身体が自動的に動く。「その神経のコネクションが必ずあるから、それを自分でコントロールすることしかなく、そのコントロールを有田さんたち音楽家は自然にやっている」と言っていました。イップスは、なんとか克服しました。5年前、僕の70歳記念演奏会のときは最悪の状況だった。
「指、動け」のような指令を自分の頭のなかで作るということですね。
かなり意識してね、唇にも。演奏会の途中で止まってしまったとき、止まって音がなくなるとまずいと思い、吹ける指と吹ける音だけで即興演奏のように30秒ぐらい音出しをしていたら、戻ることができました。ものすごく自分の自信につながりました。吹きかたの記憶がなくなってしまうのです。レコーディングのとき、吹いている途中で、どうやって吹いていいのか、全然わからなくなったこともありました。
頭のなかが白くなるとか、暗くなるとかありますけど、どちらの感じでしたか。


いつものように図版を使って説明する竹田先生(左)
白くなりました。途中からフルートを唇から離さなくして、ずっとくっつけたままにしていました。すると、記憶がすぐに蘇る。かっこいい言葉でいえば、無心になればできる。それをレコーディングで感じました。
緊張すると過呼吸になっているかもしれません。過呼吸になるとちょっと飛びます。動かなくなっていたとき、過呼吸になっていたのかもしれません。その場合、よく手がこわばります。ひどくなると、失神することもあります。
焦りの極地のような、一瞬にして、なんにもわからなくなってしまいましたね。
イップスも起きつつ、焦って過呼吸にもなっていたのではないかと思います。吹かなければと思えば思うほど、いっぱい息を吸ったり吐いたりしてしまいます。今後、そのようなことが起きた場合、とにかくおだやかにゆっくりと息を吸って吐いて、回数と量を少し減らしてください。過呼吸になると、血液中の二酸化炭素が呼気中に多く出され、血液がアルカリ性に傾きます。すると手(筋肉)や口がしびれ、こわばって動かなくなるなどの症状がでます。それを戻すには、おだやかにゆっくりと呼吸をすると、しびれも取れてきます。

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プロフィール

有田正広 (ありた まさひろ)
桐朋学園大学を経てベルギーのブリュッセル王立音楽院とオランダのデン・ハーグ王立音楽院で学ぶ。1972年第40回NHK・毎日音楽コンクールで第1位、1975年ブルージュ国際音楽コンクールのフラウト・トラヴェルソ部門で第1位。帰国後も内外の名手たちと共演。1989年「東京バッハ・モーツアルト・オーケストラ」を、2009年にはそれを発展させた「クラシカル・プレイヤーズ東京」を結成。第21回サントリー音楽賞、2018年第30回ミュージック・ペンクラブ音楽賞クラシック部門特別賞、第8回JASRAC音楽文化賞受賞。
■Information
◎鵠沼音楽アカデミー・公開特別講座
「ロマン派音楽の演奏」
〈日時・会場〉2月28日13時30分・レスプリ・フランセ
〈講師〉有田正広
〈問合せ〉鵠沼音楽アカデミー事務局 0466-34-3299
◎有田正広 音楽口座vol.4 「古典派音楽のナゾ」
〈日時・会場〉3月16日14時・スペースDo
〈出演〉有田正広(講師・fl)、中山結菜(p)、宮戸美晴(fl)
〈問合せ〉管楽器専門店ダク 03-3361-2211

竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。ONTOMO MOOK『人生をより豊かにする音楽と医学-のど、脳、身体の機能から探る』(音楽之友社刊)