耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第23回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
若手オペラ歌手で頭角を現してきたソプラノの山﨑わかなが今号のゲスト。取材を行った3月上旬は「花粉症まっさかり」の季節だ。山﨑は花粉症の悩みやみずからの音域のことなど、竹田先生と語り合った。
<音楽之友社刊「音楽の友」2024年5月号掲載>
若手のオペラ歌手は初登場かも。対談が行われたのは3月初旬、山﨑は花粉症に悩んでいるという。
花粉症
花粉症なのです。食前に飲む薬を夜に飲み、1日効かせています。
「抗アレルギー剤B」ですか。
そうです。先日、違う薬を飲んだら、乾燥と眠気、それから声を響かせるところが狭くなるような感じになってしまいました。
抗アレルギー剤Bはいま、抗ヒスタミン剤第2世代の新しい薬のなかでも、いちばん眠くなりにくいといわれています。昔の薬は眠くなる鎮静性のものが多かった。最近の薬は、眠くなりにくい薬の比率が高いです。鎮静性の薬を飲むと、歌い手の人たちは眠気やだるさが生じたり、口や喉が渇いたりして歌いにくくなります。声帯には潤いが必要です。もしも、その類の薬を飲まなければいけない場合、多めの水分をとったほうがよいです。いままで使ったことない薬を、本番直前に飲んでしまうのは危険です。
それから、「抗アレルギー剤T」を歌う日の朝に飲みました。本番前は、いつでも水を飲めるわけではなく、とくにステージはとても乾燥しています。待っている時に「ああー」と声を出したら、ガサつきました。難しいですね。
抗アレルギー剤Tは、眠気の出る確率は少なく、100人に二人ぐらい。それまでは大丈夫でも、その日の体調にもよりますし、すごく疲れているときなどは、副反応が出やすいときもありますね。あとは、漢方薬ですね。漢方のアレルギーの薬は、眠気があまり出ないのです。代表的なのは、小青竜湯。新薬ほどの切れ味はないかもしれないけど、わりとよく効きます。あと、鼻風邪でよく使う葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、冷え性があれば、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)。咳止めで使う薬ですが、鼻にも効きます。
低い音を出したい
私は、高い音を出すのは得意だと思うのですが、低い音は鳴りにくいのです。低い音を安定させるために、自分でもいろいろ考えてやっているのですが、1本でつながったきれいなレガートの音楽を作りたい。最近、より大きい音…… 響きではなく、ガツンとドラマティックな部分が求められるときがあり、そこをどのように擦り合わせようかと悩むこともあります。
声帯の振動で音の高さは決まってきます。人それぞれ持っている楽器が違います。声帯の長い短いもあります。弦楽器と同じで、弦にあたる声帯が短い人は高い音が出しやすく、長い人は低い音が出しやすいです。高い音は、声帯を引っぱる張力を加えることで、訓練で出せるようになるといわれていますが、低い音には限界があります。その人の話す言葉には、声の高さがありますよね。その人の話し声の高さよりも、少し低いところが低い音の限界という人が多いです。とくに歌声は。ただ、声帯の長さだけで決まるわけではなく、太さも関係していて、短い人でも太い人は、低い声があんがい出たりします。また、共鳴体として身体をうまく響かせていくと、音の大きさの手助けになる。それから、顎などの関節も関係してきますし、力が入りすぎると、響きがたいてい悪くなるので、緩めながら響きを助けて作っていきたいですね。あとは、管楽器でもそうなのですが、高音よりも低音のフォルテシモは難しいのですよ。低音を出すときには、高音のときよりも息の量を使うので、息の量を多少増やすことも手助けになります。電気と同じです。電圧=電流×抵抗。それと同じように、音圧=息の流れ×声帯を閉める力です。息の流れを増やしてあげるとよいと思います。あと、声帯を閉めると、音圧は上がりますが、それをやると喉を壊しやすくなります。だから、喉を傷めるよりは、息の量を増やしたほうがよいですね。
高い音を出すのは得意ですが、低い音は鳴りにくいのです(山﨑)
低い声は声帯の長さだけではなく、太さも関係しています(竹田)
インナーマッスル
去年あたりから、パーソナル・トレーニングに通い始めました。歌の人は、ガチガチに筋肉のトレーニング(筋トレ)を行ってアウターを固めると、なかが使えなくなるので、あまりよくないのです。呼吸の筋肉はとても柔らかく、柔軟に使えなければいけないのです。
ある程度それは必要ですが、姿勢の問題もありますね。姿勢を保つとき、筋肉は必要ですが、表面の筋肉ばかりでは歌や芝居の人にもよくないのです。インナーマッスルは筋肉の深部にあり、肺のほうの筋肉との関連もあります。
本番後、横隔膜のあたりが筋肉痛のような感じになりました。
なんといっても横隔膜をよく使いますから。だから、疲れる感じはあるのかもしれません。あと、凝っているときは、終わったあとは、横になって、鼻から息を深く吸うと横隔膜が広がります。それに伴い、胸部、腹部を広げて伸ばしてあげると、楽になるかもしれません。それを3回〜5回ぐらい1セットで、そしてそれを2セットか3セットやる。
いま、少しやるだけでも気持ちいいですね。
インナーマッスルは体幹の支えにもなるので、やるとよいですね。僕は能楽をやっています。自分でやるエクササイズがあります。膝や腰を落とし、ゆっくりと、つま先を上げて足を運ぶのですよ。結構、体幹を感じませんか。
スクワットしながら歩いている感じ(笑)
呼吸の出入りを自然にしながら行います。すると、体幹の中心のインナーマッスルが鍛えられます。
(竹田先生の足を見て)それはなんでしょう。
これは能の足の運びです。能楽エクササイズ(笑)
能の足の運びをやってみる山﨑(右)
イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)
プロフィール
山﨑わかな(やまざき わかな)
国立音楽大学声楽専修卒業、オペラソリストコース修了。同大学院声楽専攻オペラコース修了。平成26年度国立音楽大学卒業演奏会、平成29年度同大学院新人演奏会に出演。大学院オペラのモーツァルト《フィガロの結婚》スザンナ役でデビュー。第62期二期会マスタークラス修了。修了時に優秀賞受賞。優秀者による「第95回二期会研修所コンサート」、「二期会新進声楽家の夕べ2019」、「第20回DIVA,DIVO」等に出演。「二期会サロンコンサートVol.214」に出演予定。町田シティオペラ協会ソリスト会員。二期会会員。
■公演情報
二期会サロンコンサート Vol.214
〈日時・会場〉2025年2月12日19時・カワイ表参道コンサートサロン パウゼ
〈出演〉向笠愛里、梁瀬彩加、山﨑わかな(以上S)、ピアノ未定
〈曲目〉未定
〈問合せ〉二期会チケットセンター03-3796-1831
竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。