耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第20回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

2023年最後のゲストは、いまメキメキと頭角を現し、売れっ子バリトンとなった大沼徹だ。なんと彼は以前から仙川耳鼻咽喉科に通っており、竹田先生の診察を受け、薬を処方してもらっているとのことだ。
<音楽之友社刊「音楽の友」2023年11月号掲載>

喉が開いているってどういう感じかわからないんです。と相談する大沼。まわりからは「開いているよ」と言われるそうなのだが……

アレルギー

ほとんどの植物の花粉と果物にアレルギーがあります (大沼)
初めての薬は、大事な本番前などには使わないほうがいいですね(竹田)

道下

のどや鼻のお悩みはございますか。

大沼

時期的に、花粉ですよね。

道下

秋の花粉ですか。

大沼

アレルギーの検査をしたところ、多くの植物に対してアレルギーがあるといわれました。果物を食べても、喉のあたりがかゆくなります。

竹田

口腔アレルギー症候群です。たとえば、スギの花粉に対するアレルギーがあれば、トマトを食べるとかゆく感じたりすることもあります。白樺ですと、リンゴや桃を食べるとそうなることもあります。

道下

野菜や果物で、そのような症状になるものはございますか。

大沼

ほとんどの植物の花粉と果物です。アレルギーによって、喉をかきたくなるようになったのは、30歳代に入ってからです。

道下

演奏活動を続けるなかで、ご苦労もおありではないでしょうか。

大沼

ひどくなる前に、竹田先生に診ていただき、「じゃあ、飲み始めますか」と抗アレルギー薬をいただきます。口のなかや喉が乾いてしまう薬もあるので、なるべくそのような薬を避けていただいています。

竹田

抗アレルギー剤は、眠気やだるさが出ることがありますし、口の渇きで歌いにくくなることもあります。副作用がどのように出るかがわからないので、初めて服用する薬は、大事な本番前などには使わないほうがいいですね。

道下

鼻についてはいかがですか。

大沼

点鼻薬も2種類いただいています。ステロイド剤と血管収縮剤です。血管収縮剤は、鼻の詰まりをすぐによくしてくれます。

竹田

抗アレルギー剤は予防にもなりますし、鼻の通りがよくなり、鼻水を少なくさせます。血管収縮剤は鼻の通りをよくする薬ですが、使いすぎると効きが悪くなり、かえって悪化することもあります。

大沼

鼻が詰まって口で息をすると、口に埃や菌などが入ってくるので、寝る前に1滴たらします。これまでの経験ですが、本番直前に使うとダメだと思います。鼻の奥に薬が残っている状態で歌うと、歌いにくくなったことが何回かありました。

後鼻漏

大沼

僕は後鼻漏の症状を持っていまして、鼻水がうしろに落ちていってしまいます。

竹田

後鼻漏がある人は、少し歌いにくいのです。おっしゃった通りで、鼻水が上咽頭のほうにおりていくのです。炎症を起こすこともあり、わずらわしいですよね。それで、歌いにくくなっているのです。後鼻漏に対する薬もあります。

大沼

葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)と麦門冬湯(ばくもんどうとう)という漢方薬をいただいています。上咽頭のところが赤くなり、放っておくと、だんだん胸のほうに落ちていくのです。 すると、痰の切れづらい咳が出ます。僕の場合、むせ返るような咳が出るのは、だいたい12月ごろ。症状によって、痰が出やすくする薬をいただいています。

ノドが開く

大沼

最近、僕が考えているのは、口の開けかたや口の空間の開けかた。それから、喉仏…… 喉頭の位置とか高さや、胸郭…… 胸にどのように響き、伝わっていくのかということです。僕は、あまり胸声は意識しなくて、頭声を主体として歌っています。録音や録画を聴くと、僕が思っていたような声があまり出ていない。いわゆる「開く」、「ノドが開く」という感覚がないのです。「ノドが開く」とはなんだろうと。最もうかがいたいところです。

竹田

実際に喉頭原音とよばれる大元の声をつくっているのは、喉頭です。「どこを開ける」かは、どのような音色がほしいかにもよります。一般的には、あくびをするときのように口を開けていくと、喉頭がやや下がります。そうすると、声道……声の通り道がやや長くなり、咽頭のあたりが開いてくることがあります。咽頭のまわりを広げると、「開く」感じになります。それから、喉頭蓋といって、声帯の上に蓋のようになっている場所があります。その下に声帯があるのです。喉頭は、気管に食べ物が入らないようにする器官として発達してきました。蓋をする働きは、本来の喉頭の働きです。喉頭が上がってしまうと…… ごっくんと飲み込んでしてもらえるとわかるのですが。

大沼

飲み込むと、上がりますね。

竹田

そのとき、喉頭が上がり、喉頭蓋が蓋のような役割をしています。歌うときに声帯の上にある喉頭蓋が倒れてくると、音色が暗めになりがちです。喉頭蓋が倒れないように開けると、音色感が明るくなる。それも「ノドを開ける」といいます。

大沼

だから、なにかに詰まったような、団子のような音色になるのですね。

竹田

喉全体に力が入ると、咽頭壁が閉まりすぎてしまうこともあります。

大沼

喉頭蓋が倒れないようにするには、どうすればよいでしょうか。

竹田

まず、舌の付け根のほうに力を入れすぎないことです。

大沼

歌唱時に舌の位置が、口腔内の下にあるほうがよいという人と、舌は浮いているほうがよいという人など、いろいろなことがいわれています。

竹田

それは、アーティキュレーション、発音や音色の問題にもかかわります。舌の位置によって母音や音色を変えていますから。どらちが正解というわけでもないですね。どこを開けたいのか。一般的には、口の前のほうを開けすぎると、奥のほうが閉まってしまいます。だから、奥を開けたいときは、口を開けすぎないほうがよい。そのように、どのような音色感を出したいかということで変わってくるのです。

連載初登場。喉の模型を使って説明する竹田先生(左)


イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)

プロフィール

大沼徹(おおぬまとおる)

1978年生まれ、福島県出身。東海大学大学院修了。二期会オペラ研修所修了(最優秀賞)。第21回五島記念文化賞オペラ部門新人賞。新国立劇場《愛の妙薬》ベルコーレ、日生劇場《ランメルモールのルチア》エンリーコ、東京二期会《タン ホイザー》ヴォルフラム等バリトンの主要な役を数多く演じる。コンサートでは《第九》《カルミナ・ブラーナ》《マタイ受難曲》のソリストを務めるほか、ドイツリートの演奏・解釈にも定評がある。東海大学教養学部、国立音楽大学非常勤講師。二期会会員。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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