耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第19回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

ここ10年ほどだろうか、邦楽に特筆すべき動きがある。若手演奏家や演奏グループが増え、ヴィジュアルも重視したパフォーマンスを披露している。尺八演奏家、藤原道山もその一人で、チェロの古川展生やピアノの妹尾武と組んだKOBUDO─古武道─というユニットでクラシック演奏家ともコラボし、人気を博している。その藤原が仙川耳鼻咽喉科を訪れ、竹田先生と語り合った。
<音楽之友社刊「音楽の友」2023年9月号掲載>

藤原は、いろいろと専門の医師に聞いてみたいことがあって、この対談を楽しみにしていたという

声がひっくり返る

藤原

演奏には関係ないのですが、声が嗄れやすいのです。声がひっくり返るといいますか、喋っているときに裏返ってしまうこともあります。

竹田

喉頭という声を出すところでは、空気が流れています。管楽器も歌も、しゃべるときも同じように空気が流れているために、少し声帯が乾燥してしまい、炎症が起こる場合もあります。炎症が起きると、少しかさついて声がひっくり返ることもあります。

お腹を意識する

藤原

教えるとき、よく「お腹から」とアドヴァイスしています。自分の身体を意識することはとても大事だと思います。

竹田

横隔膜が収縮して下がると、お腹の臓器が押されて、お腹が膨れて見えますが、実際に空気が入るのは、肺です。横隔膜が下がると胸腔の上下が拡がり、肺に息が流れ込みます。この胸腔を拡げるということが重要です。胸式で無理やり息を吸おうとブレスすると、鎖骨近辺の前胸部が持ち上がりますが、スペースは小さく、あまり効果的に息が入ってきません。しかも力が入ってしまい身体がこわばって胸郭のひろがりが悪くなり、ブレスの音も聴き苦しい場合があります。呼吸法のしかたがつかみにくい人は、まず、息を吐くことから始めるとよいです。息を出しきると身体が吸気を求めます。呼吸の反射と呼んでいますが、身体が自然に緩み、横隔膜が下がって、反射的に息が肺に流れ込みます。お腹の意識をします。あと、呼吸の支えがあると、ノドで無理やり調節しなくても、息のスピードが手助けとなって喉の力も抜けやすい。横隔膜を下げていくように息をとるのが、最も自然な息の流れといえます。

藤原

横隔膜は、意識して動かせる筋肉なのですか。

竹田

そこが呼吸のおもしろいところです。私は「呼吸の二面性」と呼んでいます。呼吸は、寝ている間もしていますから、無意識的に、自律的に制御されています。でも、演奏のときは、意識して変えることができます。管楽器や歌で長く息を出したいとき、吸気筋である横隔膜を使います。いわばブレーキをかけているようなもので、すぐに息が出ていかないようにしているのです。でも、肺は徐々に縮もうとし、息が足りなくなったら呼気筋という、息を吐くときに手助けする腹筋群などがさらに横隔膜を下から押し上げて、息を出します。だからお腹は重要ですね。

足も使う

藤原

やはり身体のすべてを使っているのですね。

竹田

じつはさまざまな筋肉を使っていまして、背中も使っています。立って演奏するとき、足のほう…… 下半身が大事ですね。下半身と上半身をつなぐ筋肉たち、流行りのインナーマッスルも大事です。そして下半身の緩みも重要ですね。緊張し続けると、足もつっぱねるような感じになり、硬くなる。横隔膜を下ろすときも、下半身も少し緩める感じのほうが下りやすい。もう一つは、「呼吸運動での抵抗」と呼んでいるものです。足と地面と接している部分で足に抵抗感が生じます。地面から跳ね返る力も演奏のエネルギーに結びつけます。

藤原

2020年にコロナが始まり、舞台がまったくなくなりました。そのふた月後、一人だけブースに入ってレコーディングしましたが、舞台と同じように演奏したら、椅子に座っているのに足がものすごく疲れたのです。

竹田

足も支えになっていて、しかも地面と足と自分の身体とのつながりも感じながら、演奏に結びついていければ、さらに演奏が自由で豊かになると思います。

藤原

僕はよく「足を少し曲げ、緩めた状態で息を出して」という言いかたをします。そうすると、上半身の力が抜ける場合もあるのです。逆に、足に少し力をかけて、立ってもらうこともあります。

竹田

足首や膝関節、股関節といろんなジョイントの部分がありますけれども、全部が突っ張りすぎて、固くなってしまうと、息も入りにくいですし、演奏も固くなりがちになりますから。

教えるときに「お腹から」とアドヴァイスしています (藤原)
演奏には、さまざまな筋肉を使っています(竹田)

竹田先生も能管を演奏するだけに、尺八の演奏法を説明する藤原の話に興味深々?

首、頭の位置

藤原

演奏のとき、首の筋肉も使っています。

竹田

そうですね。首にもさまざまな筋肉があります。楽器を支えなければいけませんが、尺八は手で持ちますよね。肩甲骨の周辺や上腕など、さまざまな筋肉が使われていると思います。

藤原

肘や脇の空間が狭まりすぎたり、逆に広がりすぎてしまう人もいます。なるべく脱力させたいので、「1回力を入れてから抜いて」とアドヴァイスします。

竹田

そこが狭まりすぎると、呼吸にはよくありません。また、背骨に対して頭の位置が前に突っ込むような姿勢で演奏してしまう人もいます。声道が変形してしまい、よくありません。自然な息の流れや声の通り道である声道の位置を、よく鳴らすことのできる位置にしたいですね。ですから、背骨の上に自然に頭を乗せるようなエクササイズをやることで、身体と頭とのよい位置を探ってもらいます。硬くなりすぎると、背中にも負担がかかります。管楽器の場合、構えなども難しいところです。

藤原

尺八も、構えたときにバランスよく見えるのですが、結局右手側で支えているので、右肩が出やすくなります。

竹田

普段の動作や硬くなっている部分と反対の動きのストレッチがよいと思います。呼吸を伴うと、さらによいですね。身体が広がると胸郭も広がりますので、自然に息が入ってきます。ストレッチして身体が広がり、息が入ってきたら(吸気)、脱力します。脱力したときに、自然に息が出ていきます(呼気)。

道下

トレーニングなどは行っていますか。座っているときの姿勢がとても美しいですね。

藤原

ちょっとした筋トレを行っています。毎日ではないのですけど、腕立て伏せとか、こういうのを使って(道具)。鍛え始めてから、息を長く保てるようになりました。


イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)

プロフィール

藤原道山(ふじわら どうざん)

初代山本邦山に師事。東京藝術大学卒業、同大学院修了。在学中、皇居内桃華楽堂にて御前演奏。「季(TOKI)-冬-」で平成30年度文化庁芸術祭優秀賞、令和二年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞、第五回服部真二音楽賞を受賞。伝統音楽の演奏活動及び研究を行うと共に、舞台音楽、音楽監修など多岐な活動を展開中。現在、公益財団法人都山流尺八楽会所属・大師範。都山流道山会主宰。日本三曲協会会員。東京藝術大学音楽学部准教授。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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