耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第18回
- コラム
耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る
「アイドル」の登場だ。今年、デビュー41年を迎える堀ちえみは、歌手活動や1983年のテレビ番組『スチュワーデス物語』などで時代を代表するスターとなった。しかし、その彼女をこれまでさまざまな病魔が襲い、とくに2019年のステージ4「舌がん」発見とその闘病については、メディアで詳しく報じられたのでご存じのかたも多いのではないだろうか。今年、歌手として復活した彼女が、のどや身体の使いかたについて、竹田先生と語り合った。
<音楽之友社刊「音楽の友」2023年8月号掲載>
初のアイドル登場とあって、竹田先生はじめとした取材班はやや緊張ぎみだった。しかし堀の気さくな人柄に自然と笑顔も
疲れにくい喉
私は、声帯については疲れにくいのです。若いときにポリープができ、切除するかどうかを悩んだ時期もありました。でも、そのまま切らずに、腹式呼吸でなんとか乗りきっています。
それは、「声帯結節だった」かもしれません。声帯にペンだこのようなものができるものです。声帯は2本あります。発声のときには、それらが合わさって振動しますが、強く合わさってしまうと、ペンだこのように固く腫れてきてしまいます。結節は、あまり手術しません。
でも、両側の声帯の合わさりが悪くなると、声がれしませんか。
そうなのです。息漏れ声になりやすいのです。結節は両側にできます。ポリープは片側だけできるケースが多く、血豆のようなものですが、その場合も息漏れ声になります。
結構、力が入ってしまいます。
ノドに力が入りすぎると、声帯を締めてしまいますが、呼吸などを手助けにすると、負担は減ります。ここに入っていた力が抜けると、結節はできにくくなります。堀さんは、それで克服なさってきたのかと思います。じつは、堀さんの動画を少し拝聴しました。本番の25曲と、その前の25曲を歌うリハーサル…… 大変ですね。
レッスンのときも、歌えば歌うほど喉の調子がよいのです。舌を手術で移植して以降、血流がよいほうが舌の動きもよいのですが、舌根を鍛え、皮弁を動かさなければ、あとから付けた舌は勝手には動いてくれないのです。家でレッスンしていても、5時間ぐらい自分が納得いくまで歌っても、声はまったくかれないし、喉の調子も悪くなりません。むしろ、喉も舌も調子がよくなります。
身体の支えがよいのかもしれません。支えの悪い人は、喉でなんとかしようとする結果、喉が疲れてしまいます。
術後、月に一度は喉にカメラを入れ、癌がないかどうかの検査を耳鼻科で受けています。そのたびに、声帯を見ています。色や状態、くっつきかたなどを見ているうちに、「〝あー〞って声を出して」といわれて声を出したとき、おなかから声を出したら、声帯ってこういうふうになるのだとか、喉だけで出したらこうなるのだと、いろいろわかります。声を出すとき、映像で見た自分の喉の状態を思い浮かべています。
普通、声帯や喉頭を自分の目で見ることはできません。その状態をファイバーを通して見て、それと自分の身体の状態とが一致したとき、ヴィジュアル化されているのでイメージしやすいのではないかと思います。
舌の働き
舌にはいろんな働きがあります。一つは食べる。食べることは重要です。また、息と声の通り道ともかかわります。構音器官の一つです。「食べ物の通り道」と「息と声の通り道」、生きていくうえでとても重要な場所です。
私の舌は、喋ったり歌ったりするとき、息が当たってしまうのです。「もう少し(舌が)薄いほうがしゃべりやすいと思うのですが」と、先生にお話ししたのです。食べるときの舌の動きと、声を出す動きは、違う動きかたをするそうで、「食べるほうを優先した舌を作りました」とおっしゃっていました。それから、当時のヴォイス・トレーナーの先生は、声の道をとるためには、舌の真ん中を凹ませ、そこから道を作って息を出さなければ、息を節約できないとおっしゃいました。一度に息を吐き出してしまうと、息は長く続きません。音を伸ばしたり長いフレーズを歌ったりするには、少しずつ息を使って声を出さなければなりません。だから、舌の真ん中を引っ込めませんかとおっしゃるのです。けれど、あとから付けた舌ではできないのです。どうにかして声を出したいと思い、歌っている人の顔を毎日YouTubeなどでじっと見ていたら、声の出る人って、口のなかの空間がすごいのです!
長いフレーズを歌ったり、息をセーブしたりするには、いろいろなことが関連します。一つは横隔膜という、息を吸うときの筋肉を使うのです。ブレーキをかけつつ息を出すようなもので、横隔膜が徐々に上がり、息をセーブできます。また呼気の最後のほうでは腹筋群なども活用します。それから声帯結節など、声帯の状態が悪いと息漏れしてしまいますから、声帯の状態を良好にしておくことも大切です。もう一つは、響きの問題です。おっしゃるとおりで、口のなかの空間ですが、舌を凹ませ、口のなかのスペースを広くすると、共鳴体としての響きがよくなります。息をもっとたくさん使うのではなく、ここが響いてくれるのです。パヴァロッティのような、口腔内の状態が見えやすい人の画像を見るとわかりやすいかもしれません。
5時間ぐらい歌っても大丈夫です (堀)
ノドの力みが抜けると、結節はできにくくなります (竹田)
日本語の発音
言語学は、英語では「linguistics」といいます。ラテン語の「lingua」は「舌」を意味します。言葉は、舌の形を変えて発音しています。
堀さんのお話しする言葉は、お聴きしてもわかりやすいです。
術後、大変だったでしょう。
日本語の響きは美しいですが、難しさも感じます。「サ」、「ツ」、「ズ」、「デュ」、「ジュ」など、なんと細やかできれいな音なのだろう! と思います。術後、言語聴覚士の先生に、私の舌の状態で一語一語作っていただきました。母音と子音に分け、「タチツテト」、「ラリルレロ」なども大変でした。日本語の発音は、舌の位置で微妙に音を変え、紡いでいきます。それから、言葉の音と音のつながりがとても美しく、まるで音楽を奏でているかのような響きなのです。でも、ていねいな言葉になればなるほど、発音しづらいのです。「ございます」という言葉も、(なめらかに)「ございます」と発音するから美しく聴こえます。病気で手術を受けなければ、そういうこともわからないまま人生を過ごしていたと思います。
大病を経験しただけあって、堀の「身体や喉」に対する知識はすごい。いま現在の「舌」でどのように無理なく発声するか、どこの力を抜けば無理なく歌えるかなど、日々研究しており、竹田先生と長時間にわたって熱心に話しこんでいた
イラストで知る発声ビジュアルガイド
セオドア・ダイモン 著
竹田数章 監訳
篠原玲子 訳
【定価】2750円(本体2500円)
プロフィール
堀ちえみ(ほりちえみ)
1967年生まれ、大阪府堺市出身。1982年3月《潮風の少女》でデビュー。1983年に出演したドラマ『スチュワーデス物語』が大ヒット。テレビ出演のほか、教育、健康にまつわるトークショー、音楽活動と幅広く活躍している。2019年にステージ4の舌がん、右のリンパ節への移転が見つかる。舌の6割超とリンパ節の切除をし、太腿の組織を移植して再建する大手術を受けた。その後、著書『StageFor~舌がん ステージ4から希望のステージへ』(扶桑社)やブログ等で実体験を発信している。2022年にデビュー40周年を迎え、ヴォイス・トレーニングやリハビリを行い、2023年、アニバーサリーコンサート『ちえみちゃん祭り2023』東京・大阪で開催。
◎オフィシャルブログ:「hori-day」
◎Instagram:@HORICHIEMIOFFICIAL
■公演情報
堀ちえみデビュー40周年記念公演
Chiemi Hori 40th+1 Anniversary Live
~ちえみちゃん祭り2023~
〈日時・会場〉
9月7日18時・日本特殊陶業市 民会館ビレッジホール(愛知)/ 11月10日18時・鯖江市文化センター(福井)
〈チケット〉
https://www.cnplayguide.com/chiemi-23/
〈問合せ〉
株式会社テンダープロ
info@tenderpro.net
竹田数章(たけだ かずあき)
1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。