耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第14回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

三宅由佳莉は自衛隊初の歌手として海上自衛隊に入隊した。そのジャンルにとらわれない美声とパフォーマンスは、YouTubeなどでも見た読者も多いだろうと思われる。今回の対談では、自衛隊員ならではの悩みも出てきた。
<音楽之友社刊「音楽の友」2022年11月号掲載>

自衛官らしく、ピシッとした姿勢の三宅だが、国歌を歌うときなど、その姿勢が歌う上での悩みになるという

いろいろなジャンルの曲の発声

三宅

私はクラシック音楽やアニメソング、ミュージカルなど、いろいろなジャンルの曲を歌っています。そういうタイプの歌手は、喉を傷めやすいのでしょうか。曲に合わせて声色を変えてやっています。

竹田

いろいろなジャンルの声を使い分けるのは難しいと思います。発声の方法や音の色彩の表現なども変えられていますよね。

三宅

身体の使いかたがまったく違ってくるのです。ミュージカルやポップスを歌うときは、少しきついと思うこともあります。

竹田

アメリカでは、ベルティングという歌唱の方法があります。中低音の、いわゆる地声の出しかたで、高い音を歌う歌唱法です。

三宅

叫ぶような?

竹田

負担がかかりやすく、やりすぎると喉を痛めます。ノドを痛めないように、負担の少ないクラシック的な発声を混ぜるやりかたもあります。

三宅

練習していくなかで、少しずつコツを掴んではいます。昔よりも低音域を出せるようになってきましたが、低音域を歌うとき、声帯のまわりの筋肉をどのように使うとよいでしょうか。

竹田

いろいろなやりかたがあると思います。音の大きさを変えるとき、物理の話でたとえると「電圧=抵抗×電流」。声の場合、音の大きさ(音圧)は、声門(声帯のある場所)を締める力と呼吸の流れる量とのかけ算です。締めすぎると、喉に負担がかかってしまう。息の流れを使いながら響かせる。それから、自分の身体を共鳴体として使うやりかたもあります。輪状甲状筋という声帯を前後に引っ張る筋肉があり、前に引っ張ると音を高くします。低い音ではそれがゆるんでいます。あと、声帯には内側に閉じる筋肉があり、それを使うと低音ももちろん出ます。それを締めすぎないようにしながら。

三宅

声帯の硬さや厚さも変わるのですか。

竹田

そうですね、高い音になると前後に引っ張られて長くなり、少し薄くなっていきます。

三宅

ということは、低い音ですと厚くて少し緩くて、緊張が和らいでいる状態でしょうか。そうすると、ポップスなどの音圧のある声質を出すには、どうすればいいでしょうか。

竹田

声帯内部の声帯筋と、声門を閉鎖するいくつかの筋肉を適度に組み合わせて使うと出ます。喉頭を下げることも助けになります。あとは息と共鳴です。身体が硬いと響きが悪くなるので、身体全体を開くようにすると自分の身体を響かせやすくなります。


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声とメンタル

三宅

声とメンタルの関係性はありますか。

竹田

たとえば、「あがり」時などは、身体にいろんな影響が出ます。脳には、心地よいあるいは心地よくないなど感情に関連する場所があります。扁桃体と呼ばれるところです。扁桃体は自律神経と関連があります。自律神経には交感神経と副交感神経があります。交感神経が優位になると頭がカーッとなって緊張しやすくなります。身体も緊張してくるので、それが強すぎると良い演奏はできなくなります。声がふるえたり、血圧が上がったり、動悸でドキドキしたり、脈が速くなったり、口が乾いたり、手に汗をかいたりします。

三宅

全部あります(笑)。

竹田

逆に、副交感神経はリラックスするときに働く神経です。深呼吸などをうまく使うと、副交感神経が優位に働いてきます。脈も気分も落ち着き、演奏に好影響がでます。ゆるみすぎても良くないですが、適度な緊張を伴ったリラックス状態が発声にはよいと思います。バランスですね。

自衛隊の歌手特有の悩み「気をつけ!」


国歌を歌うときに気をつけているのは、「気をつけ!」の姿勢です(三宅)
ピシッとやっているように見せつつ、少しだけでも緩めると違ってきます(竹田)

三宅

国歌を歌うときに気をつけているのは、「気をつけ!」の姿勢です。目線も動かさないし、身体もずっと緊張したまま、口や顔の筋肉もなるべく動かさないように。その「気をつけ」で歌うのが、とてもしんどいのです。呼吸も入りません。

竹田

心と身体は結びついています。それを使うとよいのです。たとえば呼吸でも、深呼吸して身体を緩めることで心も緩めます。身体から心にアプローチしているのです。ピシッとやっているように見せつつ、自分の身体は少しだけでも緩めると違ってきます。関節、足首やひざ、股関節までピシッとやってしまうと、硬くなってしまい、息も入らなくなります。可能なら、肩幅くらいに足を開き、少し足首やヒザ、股関節をゆるめるようにすることにより、横隔膜が下がりやすくなります。横隔膜が下がらないと息が入ってこない。それから、慣れてくれば背中も少し緩めるようにしただけで、横隔膜が下がります。

船酔いせず

道下

船酔いすることはありますか。

三宅

私はまったく船酔いしないのです。

道下

長い航海で具合が悪くなったことは?

三宅

私のベッドは上段で、空調の真下でした。最初のころには喉の風邪のような症状はありましたが、1カ月ほどで環境にも慣れました。

竹田

一般に船酔いすると、吐いてしまいますよね。あれがダメなのです。吐しゃ物には胃酸が混じっているのです。胃酸の逆流が起きると声帯を痛めます。炎症を起こしてしまいます。ノド風邪のような症状は空調による乾燥のせいだったかもしれません。

これが「気をつけ!」の姿勢。室内だが撮影のために帽子を着用

空手の気合のように「号令」を

道下

号令の声出しは、歌の発声とはまた違いますよね。

三宅

普通に叫びます。私は空手をやっています。空手では気合を入れますよね、「エイ!」って。あれと同じような感じで声を発しています。

竹田

号令もノドに負担がかかりやすいので、大変ですね。

三宅

喉のいろいろな部分を使うので、喉の寿命を大切にできているのかと心配しています。

竹田

やはりケアは必要です。クラシック音楽の作品のみをとり上げて歌う以上に、気を遣う必要はあると思います。

プロフィール

三宅由佳莉(みやけ ゆかり)

岡山県出身。日本大学藝術学部卒業。2009年、海上自衛隊に入隊。自衛隊初の歌手として東京音楽隊に配属。3オクターヴの声域を持ち、クラシックからアニメソングまでジャンルにとらわれない歌声は、多くの支持を集めている。近年では、令和元年度遠洋練習航海(11カ国)やパシフィックパートナーシップ2022(2カ国)に参加し、音楽を通じて国際親善に貢献するなど、日本国内にとどまらず幅広く活動している。現在、海上自衛隊東京音楽隊2等海曹。

■CD 祈り~未来への歌声 〈演奏〉三宅由佳莉(S)、太田紗和子(p)、河邊一彦(指揮)、海上自衛隊東京音楽隊〈曲目〉《祈り》、《夢やぶれて》、《スタンド・アローン》、《花は咲く》、《浜辺の歌》、《ふるさと》、《翼をください》、《トゥモロー》、《タイム・トゥ・セイ・グッバイ》《アメイジング・グレイス》、他

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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