耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第13回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

連載初のバリトン歌手の登場だ。オペラ歌手としてのみならず、マルチな活動を行い、教える立場でもある大山大輔は、喉や身体の使いかたを常日ごろ研究しており、竹田先生との対談も熱のこもったものとなった。<音楽之友社刊「音楽の友」2022年5月号掲載>

バリトン歌手としてだけでなく、役者などもこなし、幅広い活動を行う大山大輔。喉の研究なども独自に行っているようだ

声帯の故障について

大山

声帯の片方だけ疲れることはあえますか。声を使いすぎたときに、片方に痛みが来ることがあるのです。

竹田

声帯は、左右が同時に振動しますので、片方だけ動いているわけではありません。麻痺によって、片方だけ動かなくなることもあります。歌うことで疲れるとき、いちばん多いのは炎症が起きているケースで、声帯の両側は同じように振動していますので、たいてい両側とも赤くなります。ところが、たまに片側だけがおかしくなることもあります。声帯出血といい、声帯の粘膜の下で出血が起きてしまう。その場合、片側がほとんどで、歌いすぎたり、力を入れて大きな声を出そうとしたりすると、出血してしまうこともあります。あと、強くせき込むだけでも出血します。よく「声の乱用」と言いますが、変な使いかたばかりすると、声帯結節になります。声帯が振動してもっともぶつかる場所に、ペンだこのように固く腫れてくるものですが、これは両側になります。それに対し、小さい血管が破れ、血豆のようなものができる喉頭のポリープは片側になる場合が多く、左右のバランスが崩れてきます。すると、がさついた、息漏れ声になります。

身体の共鳴、空間の共鳴

大山

歌うとき、単純に「あ〜♪ ⤵」と高い声を出すと喉頭が上がり、「あぁ〜♪⤵」と低い声を出すと下がるなと感じます。声楽の発声のとき、「喉頭を上げるな」といわれるのです。下げると声帯は単純に伸びるということでしょうか。

竹田

わかりやすいのは、浄瑠璃の義太夫の太夫たちは、一人で幼い女の子の声から老人の男の声まで出し、喉頭を上げて子どもの声、下げると男の声になります。声道、いわゆる声の道はパイプのようなものです。声道を一つの楽器と考えると、それが短くなるとパイプオルガンと同じく音が高くなり、長くなると低い音が共鳴しやすい。ところが、ベルカントの人は、高い声のときに喉頭を下げるのです。輪状甲状筋(前筋)という喉頭を前に引っ張る筋肉があり、その前筋という筋肉を使って前に引っ張ると、声帯は伸び、張力も増して高い声が出ます。ですから、パイプの長さだけが問題ではなく、声帯にかかる張力が重要です。弦楽器のペグ(糸巻き)を回すようなイメージです。弦楽器でも、張力を上げると、高音を出しやすくなります。直接声帯を伸ばしているのは前筋ですが、それは内喉頭筋の一部でして、それを手助けする外喉頭筋群というものもあります。喉頭を下げて、少し前傾させる。そうして高い声を支えているのが外喉頭筋。内喉頭筋を補助してさらに楽に声を出させる筋肉たちです。

大山

空間を広げることで、少し響きが豊かになるということですね。

竹田

オーケストラの音に負けずにオペラ歌手の声が届くのはなぜだろう、と研究する人たちもいて、だいたい2000㎐から3000㎐の倍音のあたりが強まっ ているので、そのあたりがオーケストラの音に負けずに声が届くことがわかっています。シンガーズフォルマントという、歌手が独自に持つ音の倍音と思ってもらえればよいのですが、それを作るためには、喉頭を下げたほうがいいと考えられています。でも、喉頭の位置を下げることだけがすべてではありません。

大山

僕が21、22歳のころ、「よい声だけれど、身体が鳴っていないね」といわれたことがあります。でも、年齢を重ねるとキャリアも深まり、身体が鳴る感覚はわかります。

竹田

喉頭よりも上の場所は、共鳴のスペースとしては重要です。また胸声(ドイツ語で Bruststimme)といって、喉頭より下の部分の共鳴も大事です。―胸に鳴る音で、実際に歌手は体感しています。弦楽器もそうですが、弦だけ取り出して鳴らしても音は貧弱です。そこに共鳴するようなもの(ボディ)をつけることが重要で、ここもそういうことです。私はアーテム・トーヌス・トン(Atem-Tonus-Ton) 「呼吸と声とそれをつなぐ筋肉の張力」ですが、呼吸と声をつなぐ身体の使いかたを研究しています。研究の一環として身体の振動を量ってみると、全身が振動しているのです。

大山

「マリア・カラス・スポット」という、その舞台でマリア・カラスが好んで立ったという場所があるように、舞台のどこに立つかも―それは空間に対してですが―じつは板からの跳ね返りもあるなと感じることもあります。そうすると振動していないわけではない。だから、切穴(舞台の床を切り抜いた穴で、常には蓋がしてある)の上には立つなといわれています。危険だからということはもちろんですが、切穴の下は抜けているので、跳ね返りを受けられないと。

竹田

建物が共鳴する。共鳴振動も大事ですよね。

理路整然と質問する大山と本の図版を使って答える竹田先生

大山流、喉のケア
偏食なく身体によいものを食べて、よく寝ることです(大山)
喉の潤滑油のような粘液で表面を覆うには水分が必要です(竹田)

道下

オペラやミュージカルなど幅広く活動されていますが、普段の喉のケアはどうなさっていますか。

大山

偏食のないように身体によいものを食べて、よく寝ることにつきます。あとは水分補給。寝起きで水を飲む前には声を出しません。昔は起きた瞬間に不安な気持ちから「あーあー」とか声帯を鳴らしてみたりしていたのですが、意味がないことがわかりました。

竹田

よいケアをされていると思います。水分はとても重要です。声帯ってカラカラだとじつは鳴らないのです。声帯は粘膜で覆われていますが、粘膜には粘液を分泌する場所があります。粘液は、潤滑油のような存在で、表面を覆うことでなめらかになる。そのためには水分が必要です。

大山

その潤滑油のお話に関連するかもしれませんが、息をしているだけでも喉が痛いという最悪なレヴェルのとき、いろいろ試してみたところ、納豆をそのまま食べたあとは15分くらい痛くなくなります。

全員

えー!

竹田

納豆のナットウキナーゼには血液への影響や効果もありますから、なにかあるかもしれませんね。

喉が痛くなる重音奏法

竹田

YouTubeで、福川さんの重音奏法(楽器の音を出しながら声を出す)も拝聴しました。

福川

まるまる1ページ、重音奏法で演奏する作品もありました(笑)。

竹田

以前に管楽器の学生が重音奏法での声帯の動きを見てほしいとのことで、見てみました。結論的には、歌の人と同じことをやっています。重音奏法だけではなく、通常の奏法の演奏でも、同じようなことをやっていたのです。

福川

じつは、重音奏法の練習ばかりをしていると、喉が痛くなります。普通に喋っているときは痛くならないのですが。

竹田

声門といって、声帯の空気が通る部分ですが、空気の量が多すぎると、声門のあたりが乾燥しやすくなります。声帯は、粘膜に覆われていて、乾きすぎると炎症を起こしやすくなります。重音奏法のときに、流れる空気の量が多くなっているのではないでしょうか。また、マウスピースで吹いていると、一瞬、抵抗が上がってきます。その抵抗の上がりが、気道の圧も上げます。実際、声帯を振動させるときには、肺から上がってくる空気の流れが必要で、気道の圧があがっていると、呼吸と声帯に負荷がかかります。それに負けないように声を出さなければいけない。それで、声帯を合わせようとして普段よりも力が入っている可能性があります。そうすると炎症を起こしたり、むくんだりしやすくなり、いろんな意味で喉にも負担がきて痛くなるのだろうと思います。

プロフィール

大山大輔(おおやま だいすけ)

1982年生まれ、鹿児島県出身。東京藝術大学を経て同大学院修士課程オペラ科修了。学部卒業時に松田トシ賞、アカンサス音楽賞、同声会新人賞を受賞。2008年、佐渡裕芸術監督プロデュース兵庫県立芸術文化センター《メリー・ウィドウ》のダニロ役でデビューを飾る。以降、数々のオペラや《第九》などのコンサートのソリスト、役者としての舞台作品や、ミュージカルなど、多彩な活動を展開、高評を得ている。また、台本執筆、MC・ナレーション、歌唱・演技指導にも定評がある。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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