耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第12回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

いまや日本を代表するホルニストといっていい福川伸陽が今回のゲストだ。福川はかつて難聴になったことがあり、それを隠さず体験として語る。貴重な福川の体験談を中心に、竹田先生と難聴について話し合った。<音楽之友社刊「音楽の友」2022年3月号掲載>

難聴を患ったこともある福川は次々と用意した質問を投げかける。難聴や声帯について熱心に語り合った回となった

突発性難聴―低音障害型難聴、滲出性中耳炎

福川

以前、疲れているときやストレスの溜まっているとき、耳が詰まったよう……あくびをしたときにポコッと空くような音が片耳だけに起こり、右耳と左耳とで音程が違って聴こえました。

竹田

耳管機能異常や滲出性中耳炎だったかもしれません。また急性の難聴で低音障害型難聴というものもあります。主に、低音の聴こえが落ちるのですが、低音にフィルターがかかったような音が聞こえ、左右差があります。音がひずんで聴こえたりしたこともあったのでは。中央のドから1オクターヴ下のドのあたりの聴力が低下します。

福川

ホルンの低めの音域ですね。

竹田

そのあたりが落ちやすいです。耳の奥には内耳があり、そこがむくんで悪くなります。むくみをとる漢方薬を使うと、たいてい1〜2週間で治ります。

福川

そのとき、抗生物質を飲んだ記憶があります。

竹田

もし抗生剤を使用したとすると、中耳炎だったかと。中耳炎にもいろいろなタイプがあり、急性中耳炎だと痛みます。滲出性中耳炎は耳閉感と難聴が特徴です。低音障害型難聴は比較的治りやすい病気ですが、それを繰り返す人もいます。突発性難聴にはいろんなタイプがあります。全体的に音域が落ちるタイプの治療開始は、発症後2週間が「ゴールデンタイム」と言われています。1カ月が目安で、それ以上経ってしまうと聴こえが固定してしまいます。

ちょっとでも耳が変だと感じたら、すぐに病院へ行ってほしいですね(福川)
急性難聴の治療は、発症後2週間以内に(竹田)

 

お忙しい時期だったのですか。

福川

オーケストラに入団したばかりのころで、「あまり大きな音を聴かないで」とお医者さまに言われたのですが、それはムリではないかと(笑)。

竹田

突発性難聴系は、疲れ、ストレス、寝不足が引き金になるといわれています。

福川

ちょっとでも耳が変だと感じたら、すぐに病院へ行ってほしいですね。演奏家生命にかかわりますから。

鼻抜け

福川

僕のことではないのですが、息を吐くときに鼻から抜ける人がいて、「フーッ」と吹いていると、鼻腔にも漏れている。音を出しているときの息の圧力は、人それぞれだと思うのですが、鼻から抜けてしまう人…… 「クォッ」という音がしてしまう人は、どうすれば改善されるのでしょうか。

竹田

口と鼻について。たとえば、喋るときの「な行」は鼻に抜ける鼻子音です。軟口蓋のわずかな動作で、息は鼻に回ります。管楽器の場合、なるべく鼻には息を回さずに、口のほうだけに流します。そのとき、軟口蓋といって、口腔のいちばん奥の部分が少し持ち上がるのです。そうすると、鼻腔へ流れる息がシャットアウトされて口へ流れていく。練習しすぎるなどして、軟口蓋の締める力が弱ってしまうと、鼻腔とつながってしまい、鼻のほうへ息が抜けていきます。それから演奏のとき、口のなかの圧が上がった状態で吹いている場合があります。無理やり軟口蓋の筋肉を使って閉じているのだと思いますが、そうすると負荷がかかり、疲れてしまい、緩んだときに一瞬鼻へ抜けてしまう。このような場合は、軟口蓋への負担を減らすことと、筋肉を休ませることが一つの対処法です。

福川

たまにじゃなく、ずっと鳴っている生徒さんもいるのです。

竹田

その人の軟口蓋の動きを見てみないとわかりませんが、軟口蓋のマヒが起きている場合もあります。そういう人ですと、持ち上がってきません。それから、もともとそのあたりの筋肉量が少なく、それで閉じる力が弱くなっている。あとは、口蓋裂を小さなころに持っていた場合、そういう感じになってしまう人もいます。一度、そういう病気が隠れていないかどうかチェックをしたほうがよいかもしれませんね。圧のことも関係しているかと思います。あとは、吹き入れる空気の流れを口腔のほうへ、唇のほうへ持っていく。息を吹き入れるときに「フゥー」という感じをイメージしてもらえると、鼻には抜けなくなりますが、さきほど述べたように、わずかな軟口蓋の動きで鼻に抜けてしまいますので、そのような動作を意識的にしないようにすることも必要かと思います。マウスピーを使う場合、唇で遮断していますよね。唇を閉じることで抵抗が生じ、空気の流れがそこで閉じられるので口腔内の圧が上がる。閉じた瞬間、一瞬圧が上がり、逆流というわけではありませんが、鼻腔側へ行ってしまっている可能性もあるのです。

写真を使って喉の状態を説明する竹田先生

喉が痛くなる重音奏法

竹田

YouTubeで、福川さんの重音奏法(楽器の音を出しながら声を出す)も拝聴しました。

福川

まるまる1ページ、重音奏法で演奏する作品もありました(笑)。

竹田

以前に管楽器の学生が重音奏法での声帯の動きを見てほしいとのことで、見てみました。結論的には、歌の人と同じことをやっています。重音奏法だけではなく、通常の奏法の演奏でも、同じようなことをやっていたのです。

福川

じつは、重音奏法の練習ばかりをしていると、喉が痛くなります。普通に喋っているときは痛くならないのですが。

竹田

声門といって、声帯の空気が通る部分ですが、空気の量が多すぎると、声門のあたりが乾燥しやすくなります。声帯は、粘膜に覆われていて、乾きすぎると炎症を起こしやすくなります。重音奏法のときに、流れる空気の量が多くなっているのではないでしょうか。また、マウスピースで吹いていると、一瞬、抵抗が上がってきます。その抵抗の上がりが、気道の圧も上げます。実際、声帯を振動させるときには、肺から上がってくる空気の流れが必要で、気道の圧があがっていると、呼吸と声帯に負荷がかかります。それに負けないように声を出さなければいけない。それで、声帯を合わせようとして普段よりも力が入っている可能性があります。そうすると炎症を起こしたり、むくんだりしやすくなり、いろんな意味で喉にも負担がきて痛くなるのだろうと思います。

プロフィール

福川伸陽(ふくかわ のぶあき)

1981年生まれ、神奈川県出身。2003年、日本フィルハーモニー交響楽団に入団、首席ホルン奏者となる。2008年第77回日本音楽コンクール ホルン部門第1位。2013年、NHK交響楽団に入団、2015年4月から首席奏者を務める。2021年3月、NHK交響楽団を退団。ソリストとして国内外の著名オーケストラと共演、室内楽奏者としても木管アンサンブル「東京六人組」などで積極的に活動し、音楽祭にもソリストとして多数出演する。国際ホルン協会評議員、東京音楽大学准教授。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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