耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第10回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

連載初の指揮者の登場。12月にみずから設立したバルカン室内管弦楽団と東京公演を行う栁澤寿男だ。旧ユーゴスラビアでの壮絶な体験とともに、健康について、医療について、竹田先生と語り合った。<音楽之友社刊「音楽の友」2021年11月号掲載>

医療の大切さを知ったコソボでの体験

咳払い

 

栁澤さん、指揮者として活動するなかで、喉や鼻などのトラブルはございますか。

栁澤

4、5年ほど前から咳払いが多くなり、困っています。近くの耳鼻咽喉科へ行っても原因がわからないのです。

竹田

咳払いの原因はいろいろあります。肺に問題があるケースがあり、レントゲンなどでチェックします。肺炎の場合は、レントゲンやMRI画像などを見ればわかります。それから、アレルギー系の咳。ひどい人ですと、喘息で発作が起きると、とても息苦しくなります。

 

喉をつぶす

栁澤

小児喘息のために3歳のころ、死にそうになったことがあるそうです。もともと喉はあまり強くはありません。それから子供のころは、よくアレルギー性鼻炎といわれていました。

竹田

大人になってから、喘息は軽くなりましたか。

栁澤

中学生のころ、いったん治まったのです。ところが1999年、パリのエコール・ノルマル音楽院へ留学した際、建物のいちばん上にある三角屋根の屋根裏部屋に住んでいました。そこがほこりっぽくて、喘息が復活してしまったのです。でも、そのうちに治りました。

竹田

咳喘息もありまして、喘息発作ほどひどくはないけれど、咳は出ます。あと、日本でよくいわれている病名ですが、アレルギー性の咳。喉がイガイガすると咳をしたくなるのです。それから鼻炎があると、後鼻漏といって、鼻水が喉のほうに降りていくことがありますが、そうすると痰のように絡みつき、炎症を起こしますので咳をしたくなることもあります。また、ストレスの多い社会ですから、胃酸の逆流症も多いです。胃酸が上がってくるのです。逆流性食道炎は有名ですが、それ以外に咽喉頭の酸逆流症。食道よりもさらに上がってきて、喉頭のところから酸が気管に入ると、咳が出ます。

「風邪をひいているのでは」と思われるのがとても嫌なのです(栁澤)
喉が乾燥している人は、ますます咳をしたくなることもあります(竹田)

栁澤

咳払いをすると、リハーサルなどのときに「風邪をひいているのでは」と思われるのがとてもいやなのです。指揮者が風邪をひいていては大変なことになりますから。コロナ禍以前から移動の際には、車内でもずっとマスクを着け、常にうがい薬を使ってのうがいと手洗いも欠かしません。おかげさまで風邪を患ってはいません。

竹田

それから、乾燥すると喉の炎症が起きやすくなります。喉が乾燥している人は、痰の粘稠度が増して絡みやすくなり、ますます咳をしたくなることもあります。また、声を出すと声帯が炎症を起こすのです。喉頭や声帯に炎症が起きて、その違和感から咳払いをしたくなります。声帯に分泌物がくっつきやすく、そうすると喋りにくくなるので、分泌物をとりたくなって咳をしてしまいます。風邪にともなって咳 がでることも多いですし、コロナウイルスやほかの風邪ウイルス感染の後遺症で咳が長引くこともあります。いままでのお話をうかがうと、喘息の体質が軽く残っている可能性がありますね。

栁澤

年齢とともに筋肉が衰えることによって、咳払いが多くなることはありますか。

竹田

あります。声帯などの筋肉が萎縮してくると、声帯に隙間ができます。通常、声帯は合わさっています。少し隙間ができ、そこから食べものや水が入ると誤嚥となり、それによって咳が出ます。ひどくなると誤嚥性肺炎となります。高齢者は筋肉が落ちてくるとむせやすくなり、咳が出ることがあります。それから、メンタルに原因のある人もいます。ストレスを感じて、気持ち的に咳払いしたくなる。そういう人たちは咳払いをするのは日中で、就寝中にはしません。

海外生活のなかで……紛争地域での経験

 

栁澤さんは、ヨーロッパの歌劇場やホール、とくに紛争地帯にあった地域で、音楽活動に取り組んでいらっしゃいます。

栁澤

コソボ紛争があった地域へ初めて行ったのは、まだ国連の暫定政権の時代です。生活自体が困難でしたので、医療がどうのこうのという雰囲気ではありませんでした。滞在中、私は虫垂炎を患いました。途上国では、健康なときはまったく大丈夫ですが、いざ自分が病気になると一気に不安になります。当時、医者のクオリティがあまり高くないと国連の人から聞いていました。コソボでは、3人の医者が同じ診断をしなかったら信じてはいけないといわれています。「あなたは90パーセントの確率で、アペンディックス(虫垂、この場合いわゆる盲腸炎をさす)ですね」といわれました。最終的に、意識がもうろうとなりながらドイツのデュッセルドルフへたどり着きました。先進国のドイツの空港へ降り立った瞬間、いまならば死んでも日本まで搬送してもらえると思いました。日本では簡単に治る病気でも、途上国ではなかなか治りません。医療は大事だと思います。そのような場所ほど、喉をキープしていくのはむずかしいと思いますね。

竹田

日本の戦時中の状況と似ていますね。子供は、中耳炎をよく患いますが、いまでしたら薬や医学が発達し、ほとんど問題ありませんが、昔は悪化すると危険でした。脳のほうに炎症がひろがり、とんでもないことになりますから。栁澤さんがいた地域は、そういう状況だったのではないでしょうか。

栁澤

それから、薬が強すぎて、日本人が飲むと大変なことになるとも聞きました。知人が、現地の薬を飲んだところ、耳が聞こえなくなってしまったのです。

竹田

一つには薬の量が適正かどうかという問題があります。欧米の人は身体が大きいので、日本人の適正量よりもはるかに多い量に設定されていることがあるのです。気をつけたほうがよいと思います。

プロフィール

栁澤寿男(やなぎさわ としお)

1971年、長野県出身。2005-2007年、マケドニア旧ユーゴ国立歌劇場首席指揮者。2007年、国連コソボ暫定政権下のコソボフィル響首席指揮者に就任。同年、旧ユーゴおよびバルカン半島の民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団を設立。ジュネーブ欧州国連本部総会議場をはじめ、ウィーン、ニューヨークなど世界各地でWorld Peace Concertを開催し、諏訪内晶子、パスカル・ロジェ等と協演。著書『バルカンから響け!歓喜の歌』(晋遊舎)。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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