耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第6回 新春座談会

  • コラム
特集記事
この記事をシェアする
FacebookTwitterLINE

耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

「耳鼻科医から見たアーティストと演奏」も今号で連載開始からちょうど1年となる。2年目を迎えるにあたって、いつもの東京・仙川の仙川耳鼻咽喉科を離れ、東京・神楽坂の音楽之友社に場所を移し、メゾソプラノ歌手で日本オペラ協会の総監督を務める郡愛子さん、フルーティストにして株式会社龍角散の代表取締役社長の藤井隆太さん、ホスト役の竹田数章さんに集まっていただき、座談会を開催した。<音楽之友社刊「音楽の友」2021年1月号掲載>

左から司会の道下、ゲストの藤井、郡、竹田の各氏。声楽と管楽器、一見違うようで実は同じだというお三方。音楽の基本は「歌」だから、とのこと

喉のケア、予防

 

今日はお忙しいなか、「耳鼻科医から見たアーティストと演奏・新春特別座談会」にお集まりいただきありがとうございます。今日はいくつかテーマを決めてお話し合いができればと思います。まずはみなさんの、のどのケアなどについてお話しいただけますか。

のどのケアについては、ふだんはうがいをしたり、はちみつとレモンをお湯で割ったものを飲んだりします。でも、あまり神経質なほうではありませんね。いまは、日本オペラ協会総監督の仕事が中心なので、歌う仕事はセーヴしています。もともと扁桃腺がすぐに腫れやすい体質なので、お医者様へ行ったり排膿散という漢方薬を飲んだり、手や腕、首、肩のマッサージをするなどして気をつけています。

藤井

演奏するのに風邪をひいていたらシャレにならないでしょう。仕事の上でも、講演中に咳をしたりすれば(会社の)ブランド・イメージにかかわってきます。いろいろとケアをしていますよ。うがいもしますし、就寝中に口を開けてしまうと怖いので、就寝前にうがいをして龍角散を飲みます。

竹田

まず、クラシック音楽の場合は歌ったあとにむくみが出ます。高度な声を使うので、繊細な喉頭の調節が必要です。演奏後のむくみから回復するのに20時間かかると言われています。歌うのは、1日のトータルが2、3時間以内にしたほうがよいと思います。それから乾燥についてですが、夜間に乾燥することもあります。口を開けて寝てしまうのが原因で、よくあるのはアレルギー性鼻炎。鼻に原因がある可能性があります。自律神経の関係で、夜間に副交感神経が働くと鼻の粘膜がなおさら腫れてきます。すると鼻が詰まって口呼吸になりやすくなるのです。

藤井

予防にも徹しています。あまり強い薬を飲むようになってはいけません。病気になる前の、未病の段階でのしっかりとした行動が大切です。

竹田

病気になる前の治療ができる医者は、良い医者と言われ、未病のことにも携わっています。コロナがらみで言えば、免疫力を高めればコロナの感染に対しても良く、重症化しないことも考えられます。睡眠も重要ですね。

 

声楽家と管楽器奏者の喉や身体の使いかたの違い

管楽器奏者も声楽家も同じだと思うのです。息をいっぱい吸って、恥骨のあたりからすっと息を回してきて、その息でもって私たちは歌うわけです。歌の場合、そこに言葉があり、唇や舌を駆使して言葉をはっきりと言うようにしますけれど、基本的には息の流れです。私たちは高音を出すとき、軟口蓋をあげてそこまで息を持って行って出します。管楽器の場合はどうなのでしょう。

藤井

同じです。音楽の基本は歌です。フルートを演奏しているとき、必ず歌っていますので、声帯も動いています。

竹田

声楽も管楽器も基本は同じです。鼻から喉頭ファイバーを入れてトランペット奏者の声帯の動きを観察したことがあり、その人は声楽家と同じことをやっていました。声楽家が、声を出すときの喉頭の調節の仕方とトランペット奏者は同じことをやっています。

歌手のなかには喉を締めて歌う人もいますが、フルートではいかがですか。

藤井

私の場合、たしかに高い音を出す際に、ときに緊張することもありますが、精神的なものとは別問題です。盛り上がりたいときや最高音は、緊張すると出せません。学生のころ、自分のスタイルはできていませんでした。それから経験の積み重ねもありますね。自分なりに「こう表現したい」と思うと、いまは自信をもって表現できます。そうするとリラックスできます。

そうなのです、若いころにできなかったことが、いまはできる!

竹田

だいじなことだと思います。締め上げるような形になって、歌わなくてはという意識が強くある場合、身体がこわばってしまうと呼吸も入ってきません。息が入ってこないと息は出て行かないので、身体が硬くなって呼吸も悪くなります。フルートの場合、アンブシュアと言って、唇のところの操作が大事です。それから、おおもとの音を作っているのは喉頭です。喉頭原音を作り、その原音を共鳴させ、構音器官で加工して言葉にします。だからクリアに詩=歌詞の言葉を伝えたいとき、それらの調節が必要です。

藤井

言語によってだいぶ違うのですね。

竹田

言語に関して言えば、日本語は「子音+母音」で作られており、日本語のほとんどは音声学的に言うと、開音節の言葉です。開音節は母音で終わるので、母音を長く伸ばせるなど、最後の母音でいろんな音の操作ができます。僕は能楽をやっていますが、能楽でも昔からそういう操作をしています。ちなみに、子音で終わる閉音節が多いドイツ語ではそれができないので、詩で韻を踏みます。韻を踏んできれいに聴かせるのです。ただ、ある声楽家の日本歌曲を聴いていると、すばらしい響きの声なのですが、言葉がわかりにくいときもあります。郡先生が言われたように、響きと言葉の明瞭さの両立をぜひやっていただきたいのです。

年齢による声質やレパートリーの変化

藤井

自分に合った曲をやったほうが良いです。おのずと自分のコンディション、身体にあったレパートリーになってくるのではないでしょうか。

私はメゾソプラノですが、それはあまり意識していません。とても高い音で歌っているソプラノの人が、年齢とともに高音が出なくなったから変えると言っても、声質の問題もあるわけですから、ちょっとドラマティコに変えるというわけにはいきません。

 

ソプラノのなかでも加齢とともに声が重くなっていくようですが。

竹田

それはあります。非常に高い声が出にくくなり、むしろドラマティコはとても負担を伴うので、歳をとってやるのはきつすぎるのです。歌いやすい曲に替えていくと長く保つし、変えていくことも大事だと思います。

 

日本の歌手は、若いころにドラマティックな重い曲を歌いたがるのですが、あまり長くは保たない傾向にありますね。日本では、海外のようにそんなに頻繁にはオペラを上演されているわけではありませんので、オペラでばっちり高い声を出している歌手が、ご自身のコンサートではその人の声に合ったような曲に変えていくことはありますね。

藤井

一度愕然としたことがありました。自分ではA(ラ)の声を出したつもりが半音程下にずれていて、絶対音感だったのがどうしてと。おそらく、歳とともに声が低くなってきたからでしょう。

じつは、総監督の仕事では座っている時間が多く、坐骨神経痛になったりします。コロナ禍のなかですが、どうしても歌ってほしいと言われて久しぶりに歌ったところ、初めて声が揺れる経験をしました。基本に立ち返ったところ、以前のように戻って安心しました。

竹田

声帯も、それを動かしている筋肉も変化して、落ちてきます。郡先生のおっしゃったように身体や呼吸の支えが落ちてくると不安定になります。それから、年齢が高くなると呼吸機能が落ちるので、残気量(肺の中の使われない空気の量)が増え、肺活量が落ちてしまうのです。あと、たばこはダメですね。慢性気管支炎にもなりやすいし、肺活量が減ると言われています。

藤井

おっしゃる通りで、たばこはいけませんね。

竹田

医学的には、加齢で身体は変化します。いま、コロナ禍で多いのは、あまりしゃべらなくなった人が多いと聞きます。そうすると、声帯の筋肉が萎縮してしまいます。声帯がやせ細り、弓のように変化して筋肉が落ちてしまい、ぴったり合わなくなります。そうすると誤嚥性肺炎の原因にもなります。普段から歌などをやっていて声帯を使う人は落ちにくいので、お二人とも保たれている可能性はあります。

藤井

若い頃よりも身体能力は落ちているはずですが、明らかに学生時代よりも良い音が出たりブレスが長くなったり指が動いたりできることがあるでしょ。身体の使いかたは、歳をとってもそれなりの使いかたをすれば維持できると思います。

体質に応じた漢方薬

竹田

これはいろいろあります。女性の場合ですと、更年期で女性ホルモンが大きく減り、バランスを崩してしまう人もいます。ホルモンが減ると声帯にも影響が出ます。喉がかさかさしたり声が変わったり、歌いにくくなる場合もあります。漢方薬の有名なところでは、加味逍遙散や当帰芍薬散、桂枝茯苓丸など。更年期にはさまざまな症状が出ますが、そういうものも演奏にはマイナスになりますので、このような薬を使って改善させるのも良いと思います。加齢により身体が衰えてしまう状態をフレイルと言います。僕が言いたいのは、声にもフレイルのようなものがあることです。身体の衰えを改善するには、補剤と呼ばれている漢方薬があります。また、少し免疫力を高めたりするものもあり、代表的なのは補中益気湯で、身体を元気にさせて声帯も元気にさせます。人参養栄湯も元気になります。

藤井

薬局で薬剤師や、病院の医師にもたずねてみてください。薬の使いかたをしっかりと理解してうまく使ってください。

更年期のころに、そういうものを飲んでいればよかった。あまり気がつかなくて、そこに結びつかなかったです。若い人にアドヴァイスしてあげたいと思います。

プロフィール

郡 愛子(こおり あいこ)

1948年生まれ、東京都出身。桐朋学園大学短期大学部卒業、同研究科修了。1975年に日本オペラ協会から、1978年に藤原歌劇団から、それぞれオペラ・デビュー。1985年と1986年に、ジロー・オペラ賞を2年連続受賞。1987年、昭和62年度文化庁芸術祭賞を受賞。日本を代表するメゾソプラノとして藤原歌劇団、日本オペラ協会、新国立劇場等数多くのオペラに出演。日本の主要オーケストラに数多く招かれる。テレビ、ラジオへの出演も数多い。2017年4月から日本オペラ協会総監督を務め、これまで《ミスター・シンデレラ》、《夕鶴》、《静と義経》、《紅天女》等を制作。

藤井隆太(ふじい りゅうた)

1959年生まれ、東京都出身。桐朋女子高等学校音楽科(共学)、桐朋学園大学音楽学部を卒業後、同校研究科へ進学。研究科在学中にフランス・パリのエコール・ノルマル音楽院に留学、同校高等師範課程修了後、桐朋学園大学研究科を修了。フルートを林りり子、小出信也、クリスティアン・ラルデに師事。小林製薬株式会社、三菱化成工業株式会社を経て、1994年、株式会社龍角散入社。翌1995年、同社代表取締役社長に就任。桐朋学園音楽部門同窓会副会長。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

司会:道下京子(みちした きょうこ)

1969年東京生まれ、広島・世羅育ち。桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科(音楽学専攻)卒業、埼玉大学大学院文化科学研究科修士課程修了。大学院在学中に共著『ドイツ音楽の一断面―プフィッツナーとジャズの時代』を出版。現在、『音楽の友』『ムジカノーヴァ』などの音楽月刊誌でレギュラー執筆。新聞や演奏会プログラム、CDなどの曲目解説やエッセイ、インタビュー、レポートなど、また共著も多数。審査や選考にもたずさわる。

この記事をシェアする
FacebookTwitterLINE