耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第8回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

今号のゲストは《キャンディ キャンディ》や《ボルテスVの歌》など、歌ったアニメソングを数えればきりがない、「アニソンの女王」堀江美都子だ。デビューが1969年ということで、キャリアはなんと今年で52年。読者の大部分が彼女の声を聴いて育ったのではないだろうか。音高をふくめ、いまも変わらぬ歌声を保つために、ふだんはどのようなことに気をつけているのであろうか。<音楽之友社刊「音楽の友」2021年5月号掲載>

クラシックとアニメという、音楽の異分野のコラボとなった今回。堀江の手にあるのは竹田先生が監訳した『発声ビジュアルガイド』(音楽之友社刊)だ

咽頭炎について

堀江

50年歌っていますが、まだ一度も声帯を壊したこともポリープになったこともないのです。でも、咽頭炎になりやすく、朝起きると鼻の奥が痛くて、その痛みはだんだん広がってしまいます。

竹田

鼻の奥や上咽頭(ノドの上のほう)ですね。風邪をひいたとき、上咽頭が炎症を起こす場合があります。そこから下へ広がると、中咽頭というノドの扁桃をふくめた部分、さらに下がると下咽頭……そこは声帯とつながっていますので、声が出しにくくなります。喉の奥や上咽頭も声を響かせるところなので、そこの調子が悪くなると歌いづらくなります。

堀江

たとえば、ちょっと強い声や太い声を出すときは咽頭で響かせたり、アニメソングを歌うときは口腔共鳴と言って、硬口蓋や軟口蓋に声を当てて響かせたり…… 要は身体のいろんなところを使うのですが、鼻の奥から上咽頭が腫れると響きが悪いのです。炎症がおさまるまではしかたがないのでしょうか。

竹田

薬を使うと早く良くなります。たんが出たり、鼻水に色がついていたりするときに抗生剤を使うと、早く治る場合もあります。鼻も同時に悪くなると、後鼻漏といって鼻水がノドのほうへ落ちていきます。

堀江

私も、ノドのほうへ落ちることが多いです。

52年も変わらずに歌い続ける堀江だが、歌のほうではなく、自分のほうを変えていくのだという

竹田

それが続くと、ノドの下のほうまで広がり、咽頭後壁(咽頭の後ろの壁)の炎症が強まります。声道(声の通り道)が炎症を起こすと共鳴が悪くなります。いろんな薬もあり、痰が切れやすくするなどの去痰剤もあります。漢方薬も良いものがあり、副作用が少ないです。

堀江

私も、ときどき漢方薬を飲みます。

竹田

「桔梗湯」は、扁桃のあたりのノドの痛みに効く薬です。「銀翹散」は、発熱してノドの痛みの強いときに良いです。「響声破笛丸」は後鼻漏と上咽頭の炎症に効きます。市販薬と医師の処方する薬は少し違います。「響声破笛丸」は、声が枯れたときに使いますが、市販薬なので病院では出せないのです。「銀翹散」もそうです。

堀江

ふだんからそうならないように、私は年のうち半分はマスクを、とくに真夏と真冬は絶対にマスクをつけています。夏は意外と冷房で乾燥してしまうのです。

竹田

空調を使うと乾燥します。空調を使うときも加湿するほうが良いですね。

アニソンの大御所の登場に興味津々の竹田先生

加齢とともに声帯を調節する筋肉、呼吸

 

当時の歌声を再生し続けなければいけないのです (堀江)
運動や身体を鍛える人は、肺活量が落ちずにすむことも (竹田)

堀江

年齢を重ねるにつれ、声帯を動かす筋肉、支える筋肉、音程を変える筋肉も弱ってくるのでしょうか。

竹田

弱ってきます。声帯は、喉頭のなかにあります。内喉頭筋と言って、喉頭の内側には5つの筋肉があり、年齢とともに変化していきます。たとえば、声帯そのもののボディを形作る筋肉で、甲状披裂筋……声帯内部にあるので内筋とも呼ばれますが、その筋肉量や機能が落ちてくると調節しにくくなります。いまはコロナ禍で、歌う機会が少ないですよね。そうすると筋肉が落ちて、声帯が萎縮します。ふだんの声帯はピンと張っていて白色ですが、内筋の筋肉量が低下すると弓状に変化します。そうすると声帯の合わさりが悪くなり、極端に悪くなると隙間もできて声ががさつくのです。それから、ホルモンの関係もあります。女性は、男性以上に身体が変化します。たとえば、閉経すると女性ホルモンは減り、身体は変化します。堀江さんがおっしゃったように、往年の名歌手エリーザベト・シュヴァルツコップも「身体や年齢の変化に応じて歌いかたを毎日のように工夫してきた」ということを言っています。

堀江

まあ、うれしい! アニメソングって、みなさんは小さいときに聴いた記憶のまま、いまも残っていてほしいものですよね。だから、当時の歌声を再生し続けなければいけない使命のようなものがあり、変われないのです。いまの自分の声を日々調整して、そこへ近づけて歌っているつもりなのです。ただ、呼吸ですが、吸うほうが弱くなりました。歌う呼吸は、基本的には吐く呼吸なので、声を出すための吐くほうはしっかりできるのですが。

竹田

呼吸の機能も低下します。呼吸は声のエネルギー源です。でも、加齢とともに肺活量はどうしても減ります。しかし、運動している人や身体を鍛えている人は、肺活量が落ちずにすむこともあります。

歌と声優

 

声優は、役によって声を変えていると思います。喉への負担はどうでしょう。

堀江

あります! 子ども役の声を作るときには、感情的に喉をくっと締めてしまいます。歌では使わないような筋肉の使いかたをして、ちょっと声が細くなったり、肩こりになったりしたこともありました。

竹田

いろんな役の声を演じ分けるのは、とても負担がかかり、喉にはよくありません。男声と女声とでは1オクターヴ違うのですから。女性が男性のような低い声を出すこと自体、女性の喉には良くないのです。声帯の長さによって、その人にふさわしい音域があるのです。

堀江

声帯の長さと声域の関係はどうでしょうか。

竹田

関係しています。声の高い人は、声帯が短く、身体の大きい低い声の人は声帯が長い人が多いです。「高音を出していないのに、どうして喉を傷めたのでしょうか」と学生さんがよく来ますが、低音を出しすぎているケースもあります。

堀江

高い音域を使い続け、しかも鼻にすべて抜けるような声でずっと歌い続けるのはどうでしょう。

竹田

高音を無理に出していると、結節やポリープができてしまいます。それに対し、鼻の周辺(マスケラ、マスケともいう。��面をつけるあたり)を響かせるのは共鳴のテクニックとして大切です。

堀江

コロナ禍で歌わなくなり、リモートで話すことばかりになったアーティストで、ポリープができた人が何人もいるのです。

竹田

講演や講義などで、ずっと地声で話し続けるのは声帯に負担がかかることもあります。

堀江

歌う声のほうが楽なので、大学の講義のときも、じつは歌うときのように腹式を使っています。

 

プロフィール

堀江美都子(ほりえ みつこ)

1957年生まれ。神奈川県出身。1966年、フジテレビ「ちびっこのど自慢」に出場。1969年、テレビまんが『紅三四郎』の主題歌でアニメ歌手デビュー。以後、彼女の歌う主題歌は週に10曲以上も放送され、数々のヒットソングが生まれる。レコーディングした楽曲は1000曲超。《キャンディ キャンディ》は100万枚突破の大ヒット、数々のヒット賞に輝く。声優としても多数の作品に出演。また、堀江美都子シンガーズラボを主宰し、次世代に自身の経験から生まれた歌唱テクニック全般を指導。洗足学園音楽大学 声優アニメソングコース教授。2019年、東京アニメアワードフェスティバル2019にて功労部門受賞。2019年にデビュー50周年を迎えた。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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