耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第7回

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耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

連載初めての金管楽器奏者だ。世界的に活躍するトロンボーン奏者、中川英二郎を仙川耳鼻咽喉科に招いた。中川は急性難聴を患ったことがあり、耳鼻科医との対談には興味深々だったとのこと。急性難聴で苦労したため、耳については専門家のように詳しい。いつもに増して、深い話し合いとなった。<音楽之友社刊「音楽の友」2021年3月号掲載>

「難聴」についての話が語り合われた

急性難聴

 

金管楽器の場合は、耳栓やヘッドフォンをするとやりにくいのです (中川)
大きい音を聴く人は、音響外傷になることがあります (竹田)

中川

僕は21、22歳のころ、急性難聴を患いました。両耳ほぼ同じで、2K(2000Hz)の聴覚が、15~20dBくらい低下しました。それ以来、とても気をつけているので悪化していません。ジャズやポップスの業界では大きな音を聴く機会が多いのです。

竹田

大きい音を聴く人は、音響性外傷になることがあり、いちばんやられやすいのは4K(4000Hz)周辺です。

中川

いちばんの原因は、ビックバンドのスタイルだと思います。スケジュールがタイトな時期で、受診したのは2週間くらい経ってからでした。薬も飲みましたが、回復しませんでした。いまは、ビッグバンドの演奏のときには半分に切った耳栓を必ず使います。ヘッドフォンを着けるときにも、音を小さくして演奏しています。右耳は、とくに小さな音にハウリングします。たとえば、ピアノがppで奏でると、ジリジリと共鳴してしまいます。

竹田

薬を使うと早く良くなります。たんが出たり、鼻水に色がついていたりするときに抗生剤を使うと、早く治る場合もあります。鼻も同時に悪くなると、後鼻漏といって鼻水がノドのほうへ落ちていきます。

 

竹田

左右の聴力が異なると、音が少しひずんで聞こえます。

中川

なぜ、4Kと2Kが落ちるのでしょうか

竹田

内耳には音を感じる有毛細胞があり、蝸牛という内耳の渦巻きは、入口に近いところで高い音を、低い音の波を奥のほうで感知します。高音域は蝸牛の入口側で感じられるのでやられやすいことと、外耳道共鳴との関連で4K周辺が障害されやすいと言われています。

 

ビッグバンドのひな壇の、中川さんのうしろからトランペットの音が響くのですね。

中川

そうです。いまは耳栓をして吹いていますが、いちばんの問題は、骨伝導の音がすごく響くのです。骨を通して響く振動の音です。たとえば、自分の声を録音して聴くのと、実際の声を聴くのとは違いますよね。金管楽器の場合は唇を震わせるので、そのまま骨伝導の音がすごく聴こえてきて、耳栓やヘッドフォンをするとやりにくいのです。

竹田

しっかり耳をふさいでしまう耳栓ですと、おっしゃるように音が増幅してしまうこともあります。

中川

もっともよく使うのは、普通にプールのときに使うウレタン製の耳栓で、縦に切って使っています。それを着けると、ちょうど高音だけ抜けて、コンサート後に耳鳴りしないのです。

竹田

外部から聴こえることを気導と言います。それは音が外耳道から鼓膜、耳小骨を通り、内耳へ伝わって音を聴くことを指します。それとは別に、金管楽器のように唇の振動で生じた音が直接骨を伝わって内耳に入ってくるのを骨導と言います。

中川

それが骨伝導?

竹田

そうです。音が原因でやられてしまう典型的な音響性外傷は、4K周辺の聴力が落ちるのです。もっと進行すると、2K周辺も落ちてしまい、ひどくなると中低音域のほうまで進んでしまいます。

 

急性難聴は発症後、何日くらいまでに治療をすれば治るのでしょうか。

竹田

2週間、遅くても1カ月以内に受診してください。予防が大切ですね。

 

空気力学の助け

 

このコーナーで金管楽器奏者をお招きするのは初めてです。ほかにお悩みは?

中川

金管楽器は、疲れてくると高い音が出にくくなります。声(声帯)と同じで、唇を振動させる筋肉をぎゅっと上下に締めつけているのですが、締めつけすぎると鳴らないし、緩めると振動してくれません。もう一つは震えすぎると、口唇がボロボロになってしまうので、音がボサボサになってしまいます。声帯と唇は似ているので、声帯を鍛える方法がわかれば、同じように唇も鍛えられると思うのですが・・・。

竹田

ジャンルによって、求められているものは違うと思います。1カ月連続で公演を行う歌舞伎役者の人たちは、声帯が強く、「持つ」のです。でも彼らには、繊細なオペラ歌手のような、非常に高いピアニッシモをきれいに聴かせることは求められていません。声帯ですが、その表面は粘膜で覆われ、粘膜の下が筋肉です。たとえば、口のなかのいちばん表面の柔らかい部分が粘膜で、鍛えることはできません。でも、そのなかの筋肉を鍛えることはできると思います。声帯の振動は、マウスピースを使った唇の振動に似ています。ですから声帯を「声唇」と言ったりします。ガラスでできたマウスピースを使い、唇を振動させた実験の写真を見ると、声帯の振動の動きと同じようなことをやっています。

紙を2枚使って声帯の状態を説明

中川

口輪筋を鍛えるトレーニングは、とても時間がかかります。

竹田

空気(息)の流れが振動の手助けをします。物理の話になりますが、空気が流れると空気の通り道に対して直角に力が働くことを、ベルヌーイ効果と言います。声帯も口唇も同じです。空気( 息)の流れをうまく調節することで、口唇の振動も手助けしてくれます。

中川

息のスピードは、高い音には必ず必要なので、その通りです。

竹田

音の大きさは、「空気の流れ×個々の調節の具合(空気に対する抵抗)」なのです。とくに高音は、声もそうですが、空気の流れのボリュームの調節によって、音の強弱がつけられます。筋肉の調節と空気の流しかた・・・呼吸はとても大事です。あと、一般的にはピッチを高く上げるには、口唇の振動を高めたほうがよいと。それには多少、口唇に張力を加えたほうが、高い音はもちろん出しやすいと思います。

年齢とともに

中川

金管楽器奏者は、年を取ると高い音が出にくくなる悩みをみんな持っています。おそらくは60歳代ぐらい。自分の歯ではなくなると、急に音が出にくくなります。

竹田

歌の人でいえば、息のスピードと周辺の筋肉の使いかたです。筋肉を無理に使う歌いかたですと、年齢が高くなると高音が出なくなります。筋肉の力も衰えてくるので、以前と同じテクニックでは歌えなくなります。粘膜を痛めるとポリープもできます。どの音域も無理なくきれいに歌えるように、声帯にあまり負担のかからないように続けていくと、豊かな音色を保つことができます。歌と同じように考えると、金管楽器もそんなに負担をかけずに音を鳴らせれば、持ちもいいでしょう。それから、回復の度合いも年齢とともに変わってきますので、身体を休めることも必要です。

プロフィール

中川英二郎(なかがわ えいじろう)

1975年生まれ。東京都出身。5歳でトロンボーンを始め、高校在学中に初リーダー作を録音。名だたるアーティストとの共演を始め、映画、CM、TVなど多くの録音でも知られる。18年、J.アレッシらと「スライド・モンスターズ」を結成。19年には豪メルボルンで開催された「InternationalJazz Day」に出演。読売日本交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、札幌交響楽団等と共演し、ジャンルを超えて活躍している。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)、『発声ビジュアルガイド』(セオドア・ダイモン著、音楽之友社刊)。

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