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耳鼻科医から見たアーティストと演奏 第5回

耳鼻科医の立場から、医学と演奏を探る

「楽しみにしていました」と藤井。この日のために、自分の生徒にも質問を聞いてきたという

音楽之友社刊「音楽の友」2020年10月号掲載

今号のゲストは、読売日本交響楽団の首席クラリネット奏者をほぼ30年にわたって務めている藤井洋子だ。対談では、「音の聴こえ」に関することに集中して話し合った。また、加齢による変化などにも話がおよんだ。

ゲスト

藤井洋子Yoko Fujii

(クラリネット奏者)

お話

竹田数章Kazuaki Takeda

(仙川耳鼻咽喉科院長)

アシスタント&まとめ=道下京子Text = Kyoko Michishita

写真=武藤 章Photo = Akira Muto

音を聴き続けるということ
生徒にイヤフォンは時間を決めて聴くようにと話します (藤井)
聴力障害を起こさないよう、自分の耳を守ってください (竹田)

藤井

いつも生徒に言っているのですが、イヤフォンからいやおうなしに音がずっと入り続け、聴き続けているということは、あなたたちの耳はクタクタよ、と。だから、時間を決めて聴くようにとよく話します。

竹田

85デシベル(dB)が 一つの目安となります。それ以上の音を聞き続けていると、内耳が障害を受けてしまいます。一般的な静かなオフィスでだいたい60dB。電車のなかで友達と喋っていて、聞き返したくなるくらいの騒音ですと85dB以上になっています。その音を1日8時間以上聞き続けていると、騒音性難聴になります。3dB上がるたびに許容時間は半分になります。イヤホンで110dBぐらいの大音量で聴いていると、1日の許容時間はたったの30秒ほどになります。

藤井

それは大変なことですね。

竹田

音響外傷というタイプの難聴があります。これは聴力検査の図です。正常範囲はだいたい20から25dB以内です。デシベルの数値が小さいほどよく聴こえているのです。数値が高くなるほど聴こえはよくありません。音の高さについては、ピアノの88鍵のいちばん高い音(五点ハ)が4100ヘルツ(Hz)ぐらいで、そのあたりの音の聴力がやられやすいのです。まず、非常に高い音が聴こえなくなってきます。長く聴き続けていると、徐々にその周辺の音も聴こえなくなり、2000Hzぐらいの中音域の音も聴こえなくなる。倍音のような音も聴こえにくくなります。

藤井

音色感覚がなくなりますね。

PCやテキストを使って説明する竹田先生

竹田

だから、豊かな音の響きがやせ細って聴こえてくるのです。有毛細胞という音を感じる細胞があり、聴毛というものが生えています。有毛細胞は内耳にあり、音の波を感じ取ると揺れます。そうすると、興奮して音が来たことを聴神経を通して脳に伝えるのです。大きい音を聞き続けていると、有毛細胞は変形し、やがて消失してしまい、難聴となります。

藤井

もとに戻らないのですか。

竹田

戻ることはありません。また、年齢が高くなってくると、高音漸傾型の難聴となり、だんだん高い音が聴こえなくなります。それは高音を感知する場所が、内耳の入り口に近いところにあり、影響を受けやすいと考えられているからです。低音は内耳の奥のほうで感じています。それから、年齢が高くなると言葉が聴こえにくくなってきます。どうしてかというと、子音には高音の成分が入っていて、高齢者はその高音が聞き取れないからです。ですから、高齢者のかたに対しては、大きな声で、ゆっくりと、子音を意識してはっきり発音して話すと良いです。この心がけは歌うときも同様です。子音を意識して歌詞が明瞭に聞き取れるように歌うことが大切です。高齢でなくても、大きい音を聞き続けている若者も、内耳に障害が起きてしまったら聴こえにくくなりますので、自分の耳を守ってください。

道下

聴こえなくなった聴力の改善方法は、本当にないのでしょうか。

竹田

大きな音を聞いて耳がやられる音響性の聴力障害には、タイプがいくつかあります。急性の音響外傷、つまりライヴハウスなどで大きい音を聴き、帰り際になると耳が聴こえない、あるいは耳鳴りがするように感じる場合があります。それは治ることが多いです。大きな音をあまり聴かないようにして、薬を使って治療します。ところが、先ほど申し上げたように、大きな音を長年聞き続けている場合は戻りません。内耳の有毛細胞がやられてしまうので、いまの医学ではむずかしいですね。

年齢によるもの

藤井

音の聴こえかたというと、ご高齢の指揮者との共演が印象に残っています。ふだんの会話は本当に聴こえているのか、と感じることもありましたが、リハーサルになると、別の人物かと思うくらい微妙な音程・音色を聴き分けて、オーケストラにとても適切な指示を出すのです。楽団員からの質問にもしっかり答えていました。ですから、本番の仕上がりは最高になりました。

竹田

個人差もありますね。もしかしたら、そんなに聴力が落ちていなかったのかもしれません。一般的には年齢が高くなると、しゃべっている言葉は聞き取りにくくなりますので、言葉が聴こえにくかった可能性はあります。高齢者は高音域が聴こえにくくなりますが、楽器のピッチの高さは中低音域の音が主ですから、楽器の基音は聴こえていたと思います。
緊張したときには

道下

藤井さんは、読売日本交響楽団で首席クラリネット奏者をほぼ30年務めていらっしゃいます。長いキャリアのなかで、喉や身体の状態で疑問に思われたことはありませんか。

藤井

オーケストラではないのですが、暖房で暑く乾燥していた中国で演奏したとき、緊張もして、喉が引っ付いて吹けなくなってしまい、舞台袖に水を飲みに戻ったことがあります。緊張すると、口のなかが渇くこともあります。

竹田

緊張は、身体の自律神経が、かかわっています。自律神経には、交感神経と副交感神経があります。緊張しているときには交感神経が働き、唾液の量も減ってくるので乾いてしまい、引っ付いた感じになります。脈も速まり、筋肉の緊張も強まります。交感神経と副交感神経は、反射的にパッと切り替わります。たとえば、ある動物が敵に襲われるときに反応する神経が、交感神経です。早く逃げなければいけないし、早く戦わなければいけない状態のときに、リラックスなんてできない。そう考えたときに、起こる身体の反応として交感神経の働きが、かかわってきます。反対に、落ち着いた状態のときには副交感神経が働くので、脈の数も少なくなります。

藤井

元NHK交響楽団の故 浜中浩一先生は、調子が悪いと感じたとき、譜面台を上げるとおっしゃっていました。そうすると、姿勢が良くなります。うまくいかないときには、自然と前にかがむような姿勢になっています。本番前、緊張したら嫌だなと思うときは、なにも考えないでロングトーンを吹いてみたりします。

竹田

緊張すると、呼吸が浅く、速くなり、呼吸数も増えます。ゆっくりロングトーンでやると、呼吸が深く、遅くなり、副交感神経有意となって、リラックスへとつながるのです。

藤井

感覚的に感じていることを説明していただき、すっきりしました。知らなかったことも教えていただき、ありがとうございました。
Profile
藤井洋子(ふじい ようこ)

東京都出身。1981年、桐朋学園大学音楽学部器楽器科在学中に渡仏。フランス国立パリ高等音楽院クラリネット科、室内楽科を1等賞で卒業。第1回日本クラリネットコンクール第1位、第2回日本管打楽器コンクール第2位(第1位なし)、トゥーロン国際コンクール銀メダル。古沢裕治、二宮和子、ギイ・ドウプリュ、ジャック・ランスロの各氏に師事。これまでリサイタルやオーケストラとのソロ共演を重ね、室内楽などでも活動。1991年から読売日本交響楽団の首席クラリネット奏者。2015年から桐朋学園芸術短期大学特別招聘教授および桐朋学園大学講師を務める。

竹田数章(たけだ かずあき)

1959年生まれ、京都府出身。仙川耳鼻咽喉科院長。日本医科大学大学院博士課程卒業。医学博士。現在仙川耳鼻咽喉科院長。桐朋学園・洗足学園非常勤講師。音声生理学や臨床音声学の講義を行う。文化庁能楽養成会(森田流笛方)研修終了。趣味は音楽、スポーツ、観劇、フルート、書道。監訳書に『ヴォイス・ケア・ブック 声を使うすべての人のために』(ガーフィールド・デイヴィス&アンソニー・ヤーン著、音楽之友社刊)。

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